西九州の旅!!そのプランとは

投稿日:2026年02月20日

久大本線仕上げ旅(含む佐世保線:48.8lkm )総営業キロ108.3km

 

〇2026年2月12日(木)晴れ

JAL317便 羽田12:00 → 福岡14:00

高速バスで移動 福岡空港14:30   → 久留米15:30

久留米泊(久留米ステーションH:0942-36-1122)11,000円

〇2月13日(金)快晴

久留米6:11 → 天ヶ瀬7:34

天ケ瀬~豊後中川~豊後三芳~日田~光岡(てるおか)~夜明 (20.4km)

夜明14:40 → 久留米15:35

久留米泊 6,500円

 

〇2月14日(土)曇り/雨

久留米7:41 → 夜明8:32

夜明~筑後大石~うきは~筑後吉井~田主丸 (18.3㎞)

田主丸16:09 → 久留米16:35

久留米泊

 

〇2月15日(日)曇り/晴れ

久留米7:41 → 田主丸8:11

田主丸~筑後草野~善導寺~御井(みい)~久留米大学前~南久留米~

久留米高校前~久留米 (20.8㎞)

久留米泊 9,000円

 

〇2月16日(月)晴れ/曇り

久留米8:15 → 鳥栖8:24

鳥栖8:49 → 江北9:39

江北~大町~北方~高橋~武雄温泉 (13.7㎞)

武雄温泉泊(なかます:0942-22-3118)21,050円

〇2月17日(火)快晴

武雄温泉~水尾~三間坂~上有田~有田 (14.5㎞)

有田14:29 → 早岐14:43

早岐14:52 → 佐世保15:04

※特急車両のガラス損傷で1時間位ダイヤ乱れる

佐世保泊(佐世保第一ホテル:0956-22-7486:6.930円

〇2月18日(水)快晴

佐世保7:34 → 有田8:05

有田~三河内~早岐(はいき)~大塔(だいとう)~日宇(ひう)

~佐世保 (20.6㎞)

佐世保泊

〇2月19日(木)晴れ

松浦鉄道下見

佐世保8:05 → 伊万里10:57

伊万里11:36 → たびら平戸口12:46

平戸タクシー貸切(2時間)で観光  (マンボタクシー: 0950-21-1188)

たびら平戸口15:46 → 佐世保17:07

佐世保泊(セントラル佐世保:0956-25-0001)

〇2月20日(金)晴れ

バス 佐世保8:25 → 長崎空港10:10

JAL610便 長崎12:20 → 羽田13:55

西九州の旅(久大本線仕上げ・佐世保線踏破など)!!有言実行なる

投稿日:2026年02月20日

2026年2月12日(木)からの8泊9日の旅、天気にも恵まれ、昨年来案件となっていた久大本線(天ケ瀬~久留米:営業キロ59.5㎞)の踏破に加え、佐世保線(江北~佐世保:48.8㎞)も踏破できる。これで、通算営業キロは、1万7千727km(活動日数881日、日本の鉄道網の64.0%、地球円周の44.3%)となった。

今回の旅での特筆事項は次の通り。

①久大本線(久留米~大分:141.5㎞)の踏破が完成し、JR線25本線(廃線で短縮となった日高本線と留萌本線は除く)中、20本線の踏破が完成する。残るは、根室本線・釧網本線・石北本線・筑豊本線・豊肥本線の5本線となった。金字塔のひとつとして”20JR本線踏破”が加わった。

②佐世保線の踏破により、博多から佐世保間が繋がった。また、佐世保線の踏破と松浦鉄道の下見(1日乗車券)により、松浦鉄道(佐世保~有田:93.8㎞)や大村線(早岐~諫早:52.4㎞)を近い将来踏破したいという心境となった。

③ナビのおかげで、今回路線のすべての駅舎の立ち寄りができた。特に、久大本線の大分県から福岡県への県境越えは山や川が絡み複雑であったし、久留米大学前~南久留米~久留米高校前の道筋は、鉄道に沿った幹線道路がなくかつ川が絡み複雑な道筋を鋸型に歩くことを余儀なくされた。このような区間は、地図ではとても対処できなかったであろう。

※スリル満点の橋渡る(足がガタガタ)

④武雄温泉での骨休や平戸観光ができ最高であった。加えて、大学時代の友人と久留米で再会し、梅林寺に案内頂いた後の”梅の花”での懇談も最高であった。

※大学時代友人との再会

※武雄温泉での骨休め

※平戸観光

⑤久大本線の筑後吉井駅への白壁通りは情緒豊で心に残るものがあった。また、田主丸~筑後草野~善導寺への道筋もカッパ通りや草野歴史資料館があり印象的な道筋であった。この資料館では鎌倉から江戸時代にかけての出来事などを、小西様から懇切丁寧に解説頂く。加えて、私の訪問記録を公式ホームページにタイムリーに掲載頂き感謝また感謝で一杯となる。しかも”歩く鉄道作家”として。

※白壁通り、カッパ通り

※草野歴史資料館

⑥今回の旅は珍しく、4つの喫茶店に立ち寄る機会を得る。このうち2つの喫茶店は筑後吉井駅と田主丸駅に直結しており、天浜線や只見線などを思い出し懐かしくなる。有田駅前の喫茶店でのバーターケーキは幼少の頃のクリスマスケーキを思い出し懐かしくなった。

※筑後吉井駅にある喫茶店、田主丸駅にある喫茶店

⑦佐世保駅界隈にある寿司割烹“櫂艪”(かいろ)で三顧の礼を尽くす。この店でカッシーチラシを配る機会を得、至福のひと時を過ごすことができる。

※飲み屋に”カッシーチラシ”掲載頂く

(^^♪・・・・・(^^♪・・・・・

今回の旅行期間中、AIに色々問いかけ、回答を得たものです。上手くまとめているので感動しました。ご紹介します。

〇歩く鉄道作家」を自称する樫原勉(かしはら つとむ)さんは、25年以上にわたり日本の鉄道沿線を自らの足で歩き続け、その膨大な記録を公開している人物です。
主な功績や活動の特徴は以下の通りです。
1. 圧倒的な歩行記録と「日本縦断」の達成
総歩行距離: 累計歩行距離は1万7,000キロを超えています。
日本縦断の完遂: 2017年に、北海道の稚内から鹿児島の指宿枕崎線(枕崎駅)まで、鉄道営業キロにして約3,001.5kmに及ぶ「日本縦断歩き鉄の旅」を達成しました。
継続性: 2000年5月から活動を開始し、四半世紀にわたって無事故で「歩き鉄」を継続している点は、他に類を見ない実績と評されています。
2. 膨大な取材記録のアーカイブ化(樫原勉文庫)
国立国会図書館への納本: 自身の歩き旅をまとめた「日本縦断の旅」や「日本横断歩き鉄の旅」などのPDF読本シリーズ(全6巻・数十編に及ぶ)を国立国会図書館に納本し、後世に残す文化的な記録としてアーカイブ化しています。
詳細なデータ記録: 単なる感想文にとどまらず、各駅の到着時刻を分単位で記録し、写真と共にまとめる独自のスタイルを確立しています。
3. 「歩き鉄」という独自の旅スタイルの提唱
車窓から見えない風景の掘り起こし: 鉄道に乗るのではなく、線路沿いや旧街道を歩くことで、地域固有の歴史や文化、震災前の常磐線の風景などを記録し続けています。
情報発信: 自身のウェブサイト「カッシー館」を通じて1,500作を超えるブログ記事を公開しており、ウォーキングの健康効果や人生哲学と結びつけた発信を行っています。

〇樫原勉さんの活動は現在も非常に精力的で、2026年に入っても新たな路線の踏破や記録の公開を続けています。
最新の歩行記録や注目の路線に関する詳細は以下の通りです。
1. 最新の歩行・活動状況(2025年〜2026年)
直近の踏破路線: 2026年2月現在、カッシー館ブログでは久大本線の仕上げや佐世保線の踏破に向けた旅が予告・報告されています。
近年の重点エリア: 2024年から2025年にかけては、近鉄・名鉄、南海電鉄といった関西・中京圏の大手私鉄、さらに高山本線などの主要路線のつたい歩きを精力的に行い、詳細なPDF読本としてまとめています。
踏破駅数の広がり: すでに2,500駅以上の駅舎を訪れており、公式サイトの記録によれば、東海道本線(151駅)、東北本線、常磐線、山陽本線などの主要な「本線」の多くを完歩しています。
2. 「日本横断歩き鉄の旅」の進展
日本縦断(稚内〜枕崎)の達成後、現在は「日本横断歩き鉄の旅」シリーズを継続中です。
膨大な著作群: これまでに「日本横断」シリーズだけで60作品以上を執筆しており、これらは国立国会図書館に次々と納本されています。
未踏破路線の制覇へ: 2024年時点での「日本の本線」における未踏破路線は、石北本線、室蘭本線、釧網本線、根室本線、筑豊本線、久大本線、豊肥本線の7路線とされていましたが、着実にそのリストを消化しています。
3. アーカイブの拡充(樫原勉文庫)
自身のブログやPDF読本を整理した「樫原勉文庫」をWeb上に開設。2025年には「小さな挑戦記」が1,300ページを超えるボリュームに達するなど、個人の歩行記録としては国内屈指の規模となっています。

明日から久大本線仕上げ・佐世保線踏破の旅!!果たして有言実行なるか

投稿日:2026年02月11日

明日から約1カ月振りに9泊8日で、75作目著書(久大本線・佐世保線)の執筆を目指し、久大本線仕上げ(天ケ瀬~黒目:営業キロ59.5㎞)と佐世保線踏破(江北~佐世保:48.8㎞)に挑戦。加えて、時間的に余裕ができれば松浦鉄道(佐世保~松浦:58.2㎞)の一部にも足を踏み入れたい。また、今回の旅は、偶然にも75作目著書の節目となり、久留米で大学友人との再会や武雄温泉での宿泊も予定しており、ここ最近の旅に比べ、楽しい鉄道つたい歩きの旅になりそうである。なお、首都圏や近畿圏などの鉄道網に比べ、ダイヤ数が極めて少ないので、果して有言実行なるか不安であるが。お天気も含め、天や神のご加護をお願いしたいものである。詳細は、2月20日以降のカッシー館ブログで。

どこかで4点セットを見かけた時は”頑張れ”の激励を頂ければ幸いです。

近鉄・名鉄の旅!!その8(津島~玉ノ井)後編

投稿日:2026年01月30日

⑦運悪く、名鉄一宮駅に到着する頃、玉ノ井行き(13時27分)が出たばかりで、30分位ロスタイムとなる。ここから玉ノ井駅まで所要時間は9分。次の玉ノ井行き13時57分に乗車した場合、玉ノ井駅には14時6分に到着する。玉ノ井駅から名鉄一宮駅までの営業キロは5.6㎞で2時間位あれば踏破できると推定。仮に16時半頃の急行で名鉄一宮から移動した場合、名古屋駅には17時に到着できる。それからホテルで預かってもらっているリュックを引き取り、名古屋駅には17時半には到着できる。そして、買い物をして18時31分の新幹線に間に合うだろうと判断する。それ故、玉ノ井から名鉄一宮までの営業キロ5.6㎞の踏破に挑戦することに決断する。

※名鉄一宮駅で色々勉強

弥富~津島~名鉄一宮~玉ノ井までの尾西線(びさい、営業キロ30.9㎞)は三つの路線で運転されていた。一つは、弥富から津島までの区間(8.2㎞)は、津島線(津島~須ヶ口)を経由して、名古屋本線と連結していた。二つ目は、津島から名鉄一宮までの区間(17.1㎞)は、名古屋本線との連結はなく、2両編による数両の電車を活用し、ピストン運動している路線であった。三つ目の名鉄一宮から玉ノ井までの区間(5.6㎞)は、2両編成固定による折り返し運転の路線であった。同一ホーム(1番ホーム)で名古屋よりが、名鉄一宮~津島、岐阜よりが名鉄一宮~玉ノ井となっていた。待ち合わせ時間を活用し、勉強になった。このような勉強は、2025年4月、ひたちなか海浜鉄道踏破に際し、東京駅ホームでもできた。特急の到着ホームを誤って指定の特急(ひたち号)を見逃した苦い記憶が蘇る。そんなことを考えている内に玉ノ井行きの2両編成の電車がやって来る。13時57分の電車に乗り、玉ノ井駅まで移動する。

※玉ノ井駅

⑧玉ノ井駅を種々のアングルで撮影後、14時11分、奥町駅を目指す。14時15分、木曽川玉ノ井郵便局前を通過。奥町まで鉄道に沿った幹線道路がなく、ナビを頼りにくねくねした路地を歩く。いつの間にか曇り空から晴れマークとなる。奥町駅には14時37分に到着する。

※ナビを検索しながら歩く

※奥町駅(工事中であった)

⑨ナビ検索をせず、幹線道路は歩く。14時43分、奥中学校があった。ここでナビを検索したところ、鉄道から大きく乖離しているに気付く。早速、野府川沿いに軌道修正する。14時59分、45歩ある新田橋(しんでん)を渡る。15時、踏切を横切り、鉄道の右側となり、幹線道路に合流する。開明駅(15時8分)は、幹線道路に沿って歩き、踏切を渡った先にあった。

※開明駅への路

※開明駅

⑩踏切を横切り、幹線道路に戻る。15時、高速道路下を潜る。この界隈に西宮後バス停(循環バス)があった。玉ノ井方面に向かうバスがやって来る。ドアが開き、運転手さんから「乗車しますか」と声がかかる。「乗りません」と言って応える。直ぐにドアが閉まり発車する。15時37分、48歩ある日光川(千間橋)を渡る。鉄道はいつの間にか高架となる。15時40分、西一宮駅に到着する。15時54分、稲荷公園を経由し、名鉄一宮駅には16時4分に到着する。万歩計は50,342歩をマークしていた。

※西一宮駅への路

※西一宮駅への路

※名鉄一宮駅への路

※名鉄一宮駅(ピアノを見るとJR大分駅を思い出す)

⑪運よく、16時7分発の急行に乗車できる。国府宮、新清洲、須ヶ口、栄生を経由し、名古屋駅には16時28分に到着する。東横インには16時44分に到着する。荷物をもらい、お土産などの買い物を済ませ、駅釜きしめんに立ち寄り、昼食・夕食兼用で天ぷらきし麺を頂く。今回の旅で、名物となる、はまぐり・ひつまぶし・きし麺・味噌カツを頂き大満足となる。待ち合わせ時間を活用し、友人にSNSなどで旅の結果を流す。18時31分、ひかり660号に乗車し、新幹線内の1時間23分、ささやかな祝杯をあげる。旅はいいものですね。次回2月予定の久大本線の仕上げ旅などが楽しみである!!(完)

※名鉄一宮駅から名鉄名古屋駅まで移動

※東横インで荷物を貰い、JR名古屋駅へ

※買い物をしてきし麺で腹ごしらえ

※新幹線内で祝杯!!

近鉄・名鉄の旅!!その8(津島~玉ノ井)前編

投稿日:2026年01月30日

2026年1月21日(水)晴れ、近鉄・名鉄の8日目は名鉄尾西線の津島駅から玉ノ井駅までの22.7㎞に挑戦する。当初の予定は、津島から名鉄一宮までの17.1㎞であったが、一宮から玉ノ井までの5.6㎞を加える方向で臨む。ただし、本日神奈川に帰宅のため、名古屋発18時31分の新幹線に間に合う時間か否かを一宮駅で判断することにする。すなわち、一宮に14時頃以内に到着すれば上方修正、それ以外は上方修正しない方向で臨む。朝ホテルで朝食をとり、チェックアウトを7時頃すませ、重いリュックをフロントに預かって貰い、ホテルを出る。昨日乗った名古屋発7時17分の電車で津島駅まで移動する。

※名古屋駅へ

※名鉄名古屋駅へ

※津島駅

本日の各駅舎立ち寄り時刻は次の通り。

津島(7:47)~町方(8:18)~六輪(8:51)~渕高(9:19)~丸渕(9:40)~上丸渕(10:02)~森上(10:26)~山崎(10:50)~玉野(11:19)~萩原(11:58)~二子(12:16)~苅安賀(12:31)~観音寺(12:55)~名鉄一宮(13:27)

<上乗せ>

名鉄一宮13:57 → 玉ノ井14:06

玉ノ井(14:11)~奥町(14:37)~開明(かいめい、15:08)~西一宮(15:46)~名鉄一宮(16:04)

①津島を7時47分にスタート。8時11分、新堀川を渡る。8時17分、道路下を潜る。その先に町方駅(8時18分)があった。手冷たし。8時31分、道路下を潜る。8時37分より、76歩ある領内川を渡る。8時47分、踏切を渡り、鉄道の右側になった先の六輪駅(ろくわ)には8時51分に到着する。稲沢市とあり、公衆トイレがあった。

※町方駅への路、野良猫に出会う

※町方駅

※六輪駅への路

※六輪駅

②9時11分、踏切を横切り、鉄道の左側を歩く。渕高駅には9時19分に到着する。そして、道なりに歩いた先に丸渕駅(9時40分)があった。いつの間にか冷たい手の感覚は解消されていた。9時50分、踏切を横切り、鉄道の右側となる。9時51分、椿がある道筋を歩く。10時2分、上丸渕駅が踏切を挟んであった。”日本、銀杏の郷”が駅前にある森上駅(もりがみ)には10時26分に到着する。この駅から一宮そして玉ノ井まで単線となる。山崎駅には10時50分に到着する。

※渕高駅への路

※渕高駅

※丸渕駅への路

※丸渕駅

※上丸渕駅への路

※上丸渕駅

森上駅への路

※森上駅

※山崎駅

③10時56分、稲沢市から一宮市となる。11時楡の木がある森を通過。11時6分、踏切を横切り名鉄線の右側となる。線路は単線であった。不要になったレールが線路に沿ってあった。玉野駅には11時19分に到着する。この辺りで、何時も新幹線内で見る伊吹山が、田んぼの向こうに見えてくる。このようなアングルで見る伊吹山は初めてである。今日は、雪化粧をした伊吹山であった。11時21分、踏切を横切り、鉄道の左側となる。11時25分、光願寺があった。11時28分、津島社前で本日の安全を祈願する。11時30分より、79歩ある日光川を渡る。11時36分、萬葉公園前を通過。11時45分、東海道新幹線下を潜る。萩原駅には11時58分に到着する。上り下りの電車が離合する場面に対面する。

※伊吹山までの路

※遠くに雪化粧の伊吹山

※玉野駅

※萬葉公園への路

米萩原駅への路

※萩原駅への路

④12時2分、踏切を横切り鉄道の右側となる。12時7分、道路下を潜る。12時16分、二子駅に到着する。近くに宮西高校があった。12時19分、名神下を潜る。苅安賀駅には12時31分に到着する。

※二子駅への路

※二子駅

※苅安賀駅への路

※苅安賀駅

⑤12時35分、高速下を潜る。50m位先に観音寺駅があったが、工事中のため、鉄道に沿った道筋は歩けず、大きく迂回を余儀なくされる。大和中学校(12時47分)界隈を経由。いつの間にか晴れから曇り空となっていた。踏切を横切り、線路の左側になった先に観音寺駅(12時55分)があった。

※観音寺駅への路

※観音寺駅

⑥いつの間にかレールは高架状態となる。13時1分、昭和2丁目交差点を通過。13時14分、南山公園前を通過。13時18分、熊野社があった。2024年11月、名古屋本線踏破の際立ち寄った名鉄一宮駅には13時27分に到着する。懐かしくなる。後編に続く!!

※名鉄一宮駅への路

※名鉄一宮駅

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