2022年1月の記事一覧

第34編(山手線・中央線他)PDF登場!!日本横断歩き鉄の旅

投稿日:2022年01月24日

2000年7月から2022年1月にかけて、山手線(新宿〜新宿:34.5 ㎞)、中央線(東京〜立川:37.5 km)、京浜東北線(大宮〜田端:23.2㎞)そして根岸線(横浜〜大船:22.1㎞)の各駅舎立ち寄りを終え、本日その証跡となるPDFが21年余の歳月を経てできましたのでご紹介します。なお、本編は、主としてわいわい会(高松一高同窓の歩き会)のメンバーと一緒に歩き楽しんだ路線で、懐かしい思い出を沢山掲載しています。

 本編の創設により、早くも37作目の”歩き鉄駅舎PDF”登場となります。歩く鉄道作家として、嬉しい限りです。内訳は”日本縦断の旅”が6編構成、”日本横断歩き鉄の旅”が31編構成(第1編〜第22編、第24編、第25編、第27編、第34編〜第39編)。

下記をクリックすると、各沿線の立ち寄り駅舎を動的に閲覧することができます。

山手線・中央線・京浜東北線・根岸線 2

山手線(新宿〜東京〜品川〜新宿)、中央線(東京〜新宿)

山手線・中央線・京浜東北線・根岸線 3

中央線(大久保~立川)、京浜東北線(大宮〜田端)、根岸線(横浜~大船)

リベンジ16回目(後編)!!山手線(目黒〜原宿)

投稿日:2022年01月23日

①目黒駅には14時42分到着。東口に出るや否や方向性を誤りそうになる。東口を西口と錯覚したからである。駅前の地図のお蔭で、反対方向に進もうとしていたのを阻止でき助かった。何とか17時前には、原宿駅に到着する見込みとなり、急に空腹感が襲う。運よく駅前に天丼”てんや”があり遅い昼食とする。15分位休息する。

※目黒駅、天丼”てんや”でランチ

15時、鉄道に跨る陸橋を渡り、鉄道の左側となる。目黒〜恵比須区間は2000年7月歩いた際に苦労した懐かしい思い出が蘇る。しかし、本日は山手線の外側を歩いたため、21年半振りに悪夢を払拭することができた。15時10分、遅まきながら本日の安全を三田春日神社前で祈願する。その先に厚生中央病院があった。

※三田春日神社、鉄道に跨る陸橋前、恵比須スカイウォーク

15時15分、鉄道を跨ぐ陸橋前で、この橋を渡るか否か右往左往する。迷いに迷った結果、この陸橋を渡ることにする。結果は大成功であった。”恵比須スカイウォーク”と称する歩く歩道が500m位続いていた。歩く歩道は、昨年京葉線リベンジの際、京葉線に向かう東京駅や南船橋駅でも利用させてもらった。また、相模線リベンジの際、海老名駅でも。それ以来の活用。今回長い歩道であったので5分位ショートカットでき、ラッキーであった。この歩道を歩いた先に恵比須駅(15時24分)があった。この駅も30年位前、フコク生命の仲間と恵比寿ビールを飲んだ懐かしい思い出が蘇って来た。

※恵比須駅

②鉄道の右側を淡々と歩く。30年位前、フコク生命時代商品研究会で何度も立ち寄ったビル街を通り、渋谷駅新南口(新宿ライン)には15時50分到着。久し振りに渋谷駅界隈に立ち寄るが、粋な店がある近代的街並みの様変わりには驚いた。大きな変貌のため誤った方向に進まないよう用事して進む。10分位散策後、渋谷駅を後にする。

※渋谷駅への路、渋谷駅新南口

※渋谷駅

➂本日は土曜日でもあり、渋谷駅から原宿駅にかけ、多数の若者の姿を見かける。明治通りを歩き、原宿駅を目指す。16時15分、人盛りができた広場前に立ち止まる。その広場には本日北海道からやって来たという二人連れのアーティストがいて、自分の持ち歌を披露していた。10分位立ち止り、この場を去る。千代田線や副都心線が合流する原宿駅には16時39分到着。駅界隈には明治神宮があった。神宮橋を撮影後、16時53分の千代田線で家路に向かう。自宅には17時58分到着。

※渋谷駅、明治通り

※原宿駅への路、原宿駅と明治神宮

原宿駅、神宮橋

昨日は山手線の途中の目黒駅でアップする事態となったので、本日は中央線に加え、昨日の積み残し区間の挽回もあった。それ故、当初予定していた自宅出発時刻7時半を1時間早め6時半にして臨んだ。その早めのスタートが功を奏した。この季節、21.9㎞の距離、しかも不連続な3区間を予定通り日知没前に歩き終えるのに、相当のプレッシャーを感じた。しかし、天や神のご加護そして、通行人の方のお世話になり、何とか有言実行でき、ホットする二日間であった。同時に、「何事も早め早めの活動の大切さ」を強く感じる二日日であった。

千代田線で帰宅の途に

これで何とか”日本横断歩き鉄の旅”PDFの第23編、第34編さらには第3巻がまとまる見通しがたち、感謝感激で一杯となった。

リベンジ16回目(中編)!!中央線(高円寺〜新宿)

投稿日:2022年01月23日

①土日祝日は、高円寺には快速は停車しないため、荻窪駅まで快速で向かい、そこから中央線・総武線の各駅停車に乗り換え移動することにした。途中、荻窪駅に停車しない特別快速が三鷹駅で追い越して行く。高円寺までの所要時間は、25分位待ち合わせ時間を含めて要す。12時37分、鉄道下を潜り、左側から右側になる。12時46分、今度は陸橋を渡り右側となる。12時57分、鉄道下を潜って左側となり、50m位歩いた先に中野駅(北口)があった。駅前ではPCR検査をする会場があった。50位の人がこの検査のため並んでいた。

※高円寺駅、高円寺駅界隈

※陸橋を横切る、中野駅

※PCR検査会場、中野駅

②鉄道に沿って色な壁画を描いた道筋が500m位続く。13時6分、この壁画が終った先に、東京工科自動車大学校や明治大学の付属中学校・高校があった。この通りは桜山通りとあり、桜並木が100m位続く。その先に東中野駅(13時26分)があった。この駅には大江戸線もあった。

※壁画がある桜山通り

※東中野駅、大久保駅への路

➂鉄道の右側をキープし、本日最大のくねくねした道幅2〜3m位の狭い路地(北新宿エリア)を歩き、大都市東京の街並みを満喫する。一方では交通の便はいいが、「火災等が起こった場合には大変だなぁ」と強く感じる道筋であった。13時35分、38歩ある万年橋を渡った先で大通りに出る。大久保駅近しとネットに出るが、駅舎が見当たらず。そこで通行人のお世話になり、14時2分、大久保駅に無事到着できる。幹線道路から少し入り込んだ先に大久保駅があった。この駅前には、何度かお邪魔した雀荘(發)があり懐かしくなった。

※大久保駅への路、大久保駅

※大久保駅、雀荘”發”

④大久保駅からも同様、鉄道に沿った右側を歩く。14時6分、百人町一丁目歩道橋を渡る。そして淡々と歩いた先に青梅街道の大通り(14時14分)に出る。この歩道は50m位あり、恐らく日本一長い横断歩道ではないかと推察する。この横断歩道を渡ると新宿駅西口(14時22分)があった。これで中央線のリベンジは無事終了となる。14時23分の山手線で昨日アップした目黒駅に向かう。後編に続く!!

※新宿駅への路、百人町一丁目歩道橋、青梅街道に出る

※50m位ある横断歩道、新宿駅

※新宿駅から目黒駅まで山手線で移動

リベンジ16回目(前編)!!中央線(立川〜武蔵境)

投稿日:2022年01月23日

①立川駅はリベンジ13回目(2021年12月24日(金):五日市線・青梅線)で立ち寄って間もないので強く印象に残っていた。鉄道の左側を歩く。8時12分、可愛い猫の画像を描いた民家前を通過。8時19分、曙第七公園前を通過。8時36分、見事な幹をもつ桜前を通過。8時49分、JR線下を潜り、鉄道の右側となる。そして暫く歩いた先に国立駅(8時56分)があった。この駅は、20年位前、家内と一緒に一橋祭で何度かお邪魔した駅舎であったので懐かしくなった。

※立川駅、立川駅界隈

※野菜畑、立派な桜

※国立駅、ここから少し行った先に一橋祭の会場

②国立駅から少し歩いた先で急な丘となり、9時5分袋小路にぶつかる。地元の方の応援で、袋小路を抜ける道筋を教えて頂き、無事リカバリーできる。急な階段を上った先に、鉄道に沿った路筋が西国分寺駅に向かって続いていた。線路は歩道から10m位下の溝にあった。恐らく、山を削って鉄道線路工事を開発したのであろう。鉄道に沿った両岸には民家が数珠のように繋がっていた。鉄道には数分の感覚で上下の電車が通過して行く。流石、「大都市東京のダイヤである」と感服。9時15分、鉄道を横切る築山橋があった。9時24分、一般道に合流するが、直ぐに鉄道に沿った路筋に戻る。ここでもそうであったので、地方・首都圏の鉄道を問わず、鉄道に沿って路筋が多いことを痛感する。西国分寺駅には9時33分到着。この駅舎も昨年10月23日(土)武蔵野線リベンジの際、立ち寄った駅舎なので、”全国鉄道つたい歩き鉄道路線図”がまた一歩前進した。

※西国分寺駅への路

※西国分寺駅

➂9時40分、武蔵野線を横切る。9時46分、官公庁が立ち並ぶ研修所前を通過。急な丘を下り、くねくねした道筋を歩き、国分寺駅を目指す。やっと10時12分、国分寺駅に到着。駅前にはコロナ禍の影響を受け、閉園中の都立殿ヶ谷戸庭園があった。

※武蔵野線を横切る、官公庁の研修センター通り、急な坂道を下る

※国分寺駅への路(溝から高台に特急車両)、国分寺駅

国分寺駅、都立殿ヶ谷戸庭園

④武蔵小金井駅への途中、線路から大きく離れ、不安となる。たまたま通りかけた人に武蔵小金井駅への道筋をお伺いする。「この道を真っ直ぐ歩くと、高架した鉄道にぶつかります。鉄道に沿って歩いた先に武蔵小金井駅があります。まだまだ距離がありますよ」と教えて頂く。お蔭で10時30分、高架した中央線脇に到着することができる。10時34分、小金井小学校前を通過。10時42分、都立小金井工業高校前を通過。ここから線路の左右に移動しながら武蔵小金井駅を目指す。武蔵小金井駅には10時56分到着。この駅の界隈にはK先輩の自宅があり、2000年頃、高松一高関東桜紫会忘年会の二次会でF先輩・I先輩と一緒にお邪魔した懐かしい思い出が蘇る。また、2019年8月18日(日)、従兄弟から立教大学グリークラブOB男声合唱団第6回リサイタルの招待を受け、下車した駅などで強く印象に残っていた。

※武蔵小金井駅への路、武蔵小金井駅

⑤高架した線路下を淡々と歩く。11時11分、武蔵自動車前を通過。粋な商品を置いているスーパーマーケット”成城石井”に面した東小金井駅には11時28分到着。

※東小金井駅への路、東小金井駅

※東小金井駅、西武多摩川線の踏切

⑥鉄道の右側を歩く。そのうちにJR線から大きく乖離する。11時33分、西武多摩川線踏切を横切る。少し迷子になった心境になる。ネットと地元の人のお蔭で、無事リカバリーでき、武蔵境駅には11時58分到着。この駅に面して西武武蔵境駅もあった。12時3分の中央快速で高円寺駅に向かう。中編に続く!!

※武蔵境駅への路

※武蔵境駅

リベンジ16回目(総括編)!!中央線(立川〜武蔵境他)、山手線(目黒〜原宿)

投稿日:2022年01月23日

2022年1月22日(土)快晴、昨日の山手線の仕上げ(目黒〜原宿:営業キロ4.3㎞)に加え、中央線(立川〜武蔵境;11.8㎞、高円寺〜新宿:5.8㎞)にリベンジ。不連続な3区間を一日で踏破するのは、2000年5月のウォーキング開始以来初となった。このような歩き方は、ダイヤが密な大都市東京だから出来る手法かも知れないが。

リベンジの趣旨は、”日本横断歩き鉄の旅”PDFシリーズの23編と34編を完成したいため。そして、近々、”日本横断歩き鉄の旅”PDFの第3巻(第17編〜第24編)として、国立国会図書館に8作目著書を納本したいため。

中央線は、第1編(中央本線:東京〜塩尻〜名古屋)で既にPDFを作成し、第1巻(第1編〜第8編)として国立国会図書館に納本済みである。しかし、東京〜立川間で各駅停車の駅舎記録や到着時刻がないのが判明。それ故、本日の再挑戦となった。なお、新宿〜八王子間は、2001年2月10日(土)、22日(日)にかけて、既に踏破済である。同様に東京〜新宿間も。山手線の状況に関しては、リベンジ15回目でご紹介した通り。

※築山橋界隈(国立駅〜西国分寺駅):谷の中に中央線が走る

本日の中央線の歩きは、21年前の記憶が全く忘却していたこともあり、終始新鮮な気持ちで歩くことができた。また、最近では記憶がない、路地から路地の歩きとなり、大都市東京の風情を十二分に堪能するすることができた。また、国立から国分寺そして武蔵小金井にかけて、いい運動になる丘越えが続き、実に面白い区間であった。一方、山手線の目黒から原宿の区間も、数年前と異なる近代的で粋な街並みを堪能できた。同時に若者の街であると痛感。改めて色んなアングルから大都市東京の素晴らしい風情を肌身で感じた、最高の一日となった。

※北海道から来た若者のライブ堪能(原宿駅近し)

これで通算営業キロは、1万2千894.9㎞(歩き日数631日、日本の鉄道の46.5%)となった。

本日の中央線と山手線の到着時刻は次の通り。

①立川(8:04)〜国立(8:56)〜西国分寺(9:33)〜国分寺(10:12)〜武蔵小金井(10:56)〜東小金井(11:22)〜武蔵境(11:58):前編

②電車で高円寺まで乗り継いで移動:武蔵境(12:03)→荻窪(12:21)→高円寺(12:27)

高円寺(12:28)〜中野(12:57)~東中野(13:26)~大久保(14:02)~新宿(14:22):中編

➂新宿発14時23分の山手線で目黒まで移動

目黒(14:42)〜恵比須(15:24)〜渋谷(15:50)〜原宿(16:39):後編

前編・中編・後編に続く!!

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