東北編の駅舎とは!!”日本縦断の旅”その12(花巻空港〜新田)

投稿日:2018年06月25日

東北の第四弾は花巻空港から新田までの18駅舎です。この区間で印象に残るのは、盛岡から仙台の踏破の際、花巻〜一ノ関間に登場する奥州藤原三代(清衡・基衡・秀衡)が繁栄した時代の名所旧跡だろうか。その一例が平泉にある中尊寺である。平成27年5月3日(日)は水沢から一関までの歩き(営業キロ25㎞)を考えていたが、靴とリュックとの相性が悪く腰を痛め、前沢駅(10.2㎞)で歩きをとりやめた。50m位歩いては休みながらやっとの思いで前沢駅に辿りついた。早く切り上げたお蔭で、蔵一関ホテルで大きな浴槽で汗を流した後、ゆっくり地酒を楽しむ機会が持てる。”人間万事塞翁が馬”を痛感した。

あくる日の5月4日は、水沢から一関までの歩きの中で、中尊寺を中心として歴史の故郷平泉をじっくり散策できる機会を得る。また、この日は昨日の失態を挽回するため、新幹線を活用し仙台まで移動。そして在来線で塩釜駅まで行き、そこからから仙台駅まで(13.4km)を歩くというアクティブな一日でもあった。

※花巻空港駅、花巻駅、村崎野駅、北上駅、六原駅、金ヶ崎駅

※水沢駅、陸中折居駅、前沢駅、平泉駅、山ノ目駅、一ノ関駅

※有壁駅、清水原駅、花泉駅、油島駅、石越駅、新田駅

東北編の駅舎とは!!”日本縦断の旅”その11(奥中山高原〜石鳥谷)

投稿日:2018年06月20日

東北の第三弾は奥中山高原から石鳥谷までの18駅舎です。この区間は盛岡駅を境にして奥中山高原から盛岡までがIGRいわて銀河鉄道、盛岡から石鳥谷に向かい東北本線となる。銀河鉄道は平成24年6月、一方盛岡以降の東北本線は平成27年のゴールデンウイークの歩きのため、約3年間の時間差がある。この区間で印象に残っているのは、御堂駅からいわて沼宮内駅までが随分と遠かった。好摩から富士山のような円錐型の姫神山を見ながらの歩きは懐かしい。渋民駅前にある石川啄木故郷の詩は、印象深い。なつかしき 故郷にかへる思ひあり 久し振りにて 汽車に乗りしに」渋民〜滝沢〜巣子にかけて山間が続き悪戦苦闘したのを思い出す。

矢幅駅で当時1年前に他界した愛犬セブン(平成26年5月)と同じようなパンダ模様の犬には感無量の思いとなった。この駅からうす暗くなった路を地元の人に聞きながら岩手飯岡駅への道筋は厳しいものがあった。やっとの思いで、盛岡駅に辿り着く。新しい靴と登山用のリッックとの相性が悪く若干ではあるが、腰の痛みを覚えたからだ。

※奥中山高原駅、御堂駅、いわて沼宮内駅、岩手川口駅、好摩駅、渋民駅

※滝沢駅、巣子駅、厨川駅、青山駅、盛岡駅、仙北町駅

※岩手飯岡駅、矢幅駅、古舘駅、紫波中央駅、日詰駅、石鳥谷駅

信越の旅!!その4(牟礼〜長野)

投稿日:2018年06月14日

 

※長野駅

信越の旅の締めは、平成30年6月5日(火)、牟礼〜豊野〜三才〜北長野〜長野の営業キロ18.6㎞に挑戦する。本日は快晴ではなかったが薄雲に恵まれ、いいコンディションの下で歩くことができる。東横インで朝食を摂り、リュックを預かってももらい、身軽な格好での信越本線の詰めとなる。長野駅7時46分発の電車で牟礼駅に移動する。長野駅では私が既に踏破した電車の懐かしい行き先が登場する。中央本線の名古屋駅やしなの鉄道の上田駅。一方では未踏破の飯山線も登場。“どこまでも続くよ鉄道”を強く感じる。

※牟礼駅 飯綱町から長野市へ

※豊野駅、三才駅への路

3両編成の車両には沢山の高校生の姿があった。私と同じ牟礼駅で沢山の高校生が下車する。本日の歩きは、初日の歩きに次いで2番目に距離的にもコース的にも楽に思えた。糸魚川〜直江津、新井〜牟礼は距離的にもハードであったし、鉄道つたい歩きの道筋も負荷を要したからだ。今日の難所は牟礼駅から豊野までの区間で、豊野からJR飯山線が合流しており地形を複雑にしていた。この界隈で山道を進み線路から遠ざかる事態となる。何となく変だと感じ、地図を再確認する。15分位ロスタイムが生じるが原点に戻り、難を逃れる。そして、北長野辺りで長野電鉄が登場する界隈であろうか。当初予定の14時位に長野駅に到着する。

※三才駅、長野電鉄

北長野駅.あさま622号

本日の歩きで、高崎〜横川〜軽井沢〜小諸〜上田〜篠ノ井〜長野〜妙高高原〜直江津〜柏崎〜長岡~新津〜新潟のかつての信越本線(331.4㎞:12日間)の踏破達成。同時に北陸本線である直江津〜糸魚川、羽越本線の入口の白新線の新潟〜新発田も踏破。加えて、既に踏破の名古屋~多治見~木曽福島〜塩尻〜松本〜篠ノ井、東京〜八王子~大月〜甲府〜小淵沢〜塩尻の中央本線とも繋がる。すなわち、長野駅を起点として東京から新潟までの鉄道路線(軽井沢経由436.4km、松本経由507.8㎞)、そして名古屋から新潟(460.5km)までの鉄道路線が繋がる。カッシー館で発信した歩きが有言実行でき感無量の思いで、長野15時23分発のあさま622号で祝杯をあげる。なお、カッシー館のトップ画面に登場している吾輩の画像(アフター後)は、平成24年4月30日(月)、軽井沢〜横川の間に登場する碓氷峠で撮った写真である。

※長野駅

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かつての信越本線(331.4km)や中央本線他の踏破路線図は下記の通り。

高崎(29.7㎞)〜横川(16㎞)〜軽井沢(65.1㎞)〜篠ノ井(9.3㎞)〜長野(37.3㎞)〜妙高高原(37.7㎞)〜直江津(136.3㎞)〜新潟

信越の旅!!その3(新井〜牟礼)

投稿日:2018年06月11日

信越の旅3日目は、平成30年6月4日(月)、初日にスタートした新井駅まで”えちごトキめき鉄道”で戻り、新井〜二本木〜関山〜妙高高原〜黒姫〜古間〜牟礼の各駅舎立ち寄りに挑戦する。天気も好天に恵まれる。本日の営業キロは39.7kmに加え、山間の歩きとなるため、相当の所要時間を要すると察知。それ故、昨日に引き続き始発の電車(直江津発5時9分発)で新井駅まで移動する。何とか18時半頃までには本日の終点の牟礼駅に到着を目指すことにする。当初は古間駅を想定していたが、明日の歩きを軽減する意味から営業キロ6.5㎞あるひと駅先の牟礼駅に変更する。

※新井駅、二本木駅

※赤倉山(左)、妙高山(右)

本日の歩きは、風光明媚な妙高山(標高2,446m)、赤倉山(2,141m)そして黒姫山(2,053m)を見ながらの旅となる。黒姫山以外は6月に入っても雪化粧が残っていた。二本木駅はスイチバックする区間が500m位あったので、初日のウオッチで記憶にあったので、スムーズにクリアできる。関山駅は元関山駅のホームや線路をじっくり観察した後到達する。関山駅前には妙高山への登山口があった。関山駅から妙高高原まで随分遠かった。妙高高原駅に11時半頃到着したので、駅前の食事処でチャーハンを頂く。今回の旅はこれで3日連続で運よく食事タイムに適合し昼食がとれる。

※関山駅

※妙高高原駅、食事処

妙高高原駅からは鉄道が”しなの鉄道”となる。ここから、黒姫駅までの路筋で苦労する。ひとつは新潟県(妙高市)と長野県(信濃町)の県境である関山関所。ここでは、バイクに乗った方にお世話になる。もうひとつは、道の駅黒姫辺りでJAFルートマップと照合するか適合できず、黒姫駅への方向を察知するのに右往左往する。聞きたいけど通行人に対面できず、暫く歩いた先で庭の手入れをして方にお世話になり黒姫駅を無事踏破できる。

※新潟県と長野県の県境、関山関所

※黒姫山

古間駅は初日駅近くの風景を覚えていたが、ここでも数人の方のお世話になり踏破できる。そして、古間駅から牟礼駅に向かう際、道路地図を誤って解釈し、山道を進み、3㎞位大回りとなる。県道60号線に出ると思ったら、国道18号線だった。想定外の出来事だったので、現在位置を確認するのに右往左往。運よく、犬の鳴き声で民家の奥さんが出てこられたので、現在位置と牟礼駅への道筋を教えて頂く。「随分遠いですが、国道18号線を真っ直ぐ進めば着きます」と。国道から町道に下りてからも遠かった。道に迷ったこともあり、6.5㎞の営業キロに2時間半要する。しかし、ほぼ当初予定の18時40分(明るいい内に)に牟礼駅に到着できホットする。

※黒姫駅、小林一茶の像

19時2分の電車で長野駅に向かう。東横インで汗を流した後、長野駅ターミナル(MIDORI)の明治亭で夕食をとりながら祝杯をあげる。時間を要したが、当初の予定は古間駅であったが、明日の歩きの軽減から牟礼駅まで踏破してよかったと思う一日であった。明日であれば、このような結末になったらパニックになったかも知れないからだ。

人生というものは実に不思議なもの。美空ひばりの愛燦燦を思い出した。今お世話になっている会社の社名と同一店舗街名(長野駅ビル)や我社主力商品である花水木看板の店(牟礼駅界隈)に本日同時に対面したからだ。本日も色んな意味で天や神に感謝あるのみ。

※古間駅、牟礼駅

 

 

信越の旅!!その2(糸魚川〜直江津)

投稿日:2018年06月09日

※久比岐自転車歩行者道、糸魚川市と上越市の市境

平成30年6月3日(日)、かつて北陸本線であった糸魚川から直江津までの営業キロ38.8㎞に挑戦する。糸魚川から直江津まで複線の鉄道網であった。本日も昨日に引き続き快晴であった。北陸新幹線の開業に伴い、北陸本線からえちごトキめき鉄道(日本海ひすいライン)と名称変更。この区間登場する駅舎は、梶屋敷、浦本、能生、筒石、名立、有間川、谷浜の7駅であった。

※糸魚川駅

※梶屋敷駅、浦本駅

直江津5時16分の始発で、日本海の風景を堪能しながら糸魚川に向かう。糸魚川という地名は幼少の頃から断層が縦断する町でインプットされていた。断層ラインを境に東日本と西日本に区分され、正月に食べる餅の形も東日本が角餅、西日本が丸餅であると。いつか糸魚川に足を踏み入れたいと思ったが、今回の歩きで実現でき感無量。

※能生駅、道の駅にある船舶

※三色丼、筒石駅

始発電車の窓から見る限り、名立駅、筒石駅、能生駅と国道8号線から離れたところにあり、駅舎立ち寄りに骨が折れるのではないかと察知。特にトンネル内にあった筒石駅は相当難解になるのでは・・・。5時57分、奴奈川姫像がある糸魚川駅界隈をじっくり観察し、梶屋敷駅を目指す。名前は不明だが雪化粧のある3つの山が目に入る。地元の人に聞いたが判明できず。梶屋敷駅を過ぎた辺りから久比岐自転車歩行者道が直江津駅手前まで続いており、自動車の往来に無関係に歩くことができラッキーであった。この自転車道を走る多数の自転車愛好家のメンバーに出くわす。また、国道8号線はトンネルはなかったが、この自転車道には白山トンネル、小泊トンネルなどと言った300m位の複数のトンネルを通過する。トンネル内は火照った体を癒してくれた。筒石駅手前で立ち寄った三色丼は、タイムリーな時間帯(11時半~12時)に立ち寄ることができてとてもよかった。この店でロストしたタオルの代用を頂く。タオルは日焼け止めの必需品なので助かった。

※地下40mホームへの階段、地下にあるホーム

この店で筒石駅への道筋をお伺いする。「山道で大変だが国道から15分〜20分位歩いた先にある」と教えて頂く。筒石駅の看板を見つけ、疑心暗鬼で山道を上る。糸魚川市立磯部小学校が途中にあり。その先に北陸自動車道が走っていた。「こんな山道に駅舎があるのか」と看板に注意しながら歩いた先に「100m先に筒石駅がある」との看板を見つけ安堵する。駅舎前には「40m地下にホームあり」の旨の表示が掲載されていた。折角だから10分位かけて地下ホームを探索する。これまでの駅舎の中でこのような体験は初でこれからも筒石駅は思い出の駅舎の一つになった。少し手間取ったが、電車の窓から学習していたので筒石駅の前後能生駅と名立駅を無事踏破できる。道の駅の能生での船舶も印象に残る。

※名立駅、有間川駅

久し振りの40㎞近い歩きは体力を相当消耗したが、日があるうちに直江津駅に到着できいい思い出になった。同時に日本海の魅力を肌身で感じる北陸本線の旅であった。夕食はホテルのレストランで日本酒(能鷹、久保田万寿など)の飲み比べを堪能する機会を得、より充実した一日を送ることができた。天や神に感謝あるのみ。

※谷浜駅、直江津駅

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