2020年9月の記事一覧

日本横断歩き鉄の旅PDF発信!!第1編(中央本線)

投稿日:2020年09月28日

「日本横断歩き鉄の旅」の第1弾として、2000年12月から2008年7月にかけて歩いた、中央本線(東京〜塩尻〜名古屋:営業キロ396.9㎞)のPDFを投稿させて頂きます。

下記をクリックすると東京から名古屋までの駅舎を中心とした風景を動的に観賞できます。

中央本線(東京〜塩尻〜名古屋)

中央本線で印象深いところは、笹子トンネルを回避するために、4時間要して必至に歩いた笹子峠(2006年5月6日(土))と、熊出没の恐怖を肌身に感じながら通過した、恐怖の50分位の鳥居峠(2008年8月9日(土))でしょうか。

<お詫び>

歩き当初は、デジカメではなくAPSフィルムによる画像撮影のため、折角汗を流して立ち寄った駅舎や印象に残る場面でも、経費面から撮影をパスしたところが多々あり、今から考えると誠に残念で仕方がありません。再現に負荷を要する駅舎については、ネットより引用させて頂きました。ご了承下さい。

(^^♪・・・・・♪・・・・

私と同郷の街道歩きの達人!! 高野光生氏(私と同時期に日本縦断達成)から、本日の中央本線PDFの発信に対し、早速エールを頂きました。元気をもらい嬉しい限りです。ご紹介します。

新たに始まっている日本横断歩き鉄の旅も楽しみにしています。第1編(中央本線)は、甲州街道
と中山道の一部と思いますので、これから拝見させていただきます。

本日から新たなPDF発信!!”日本横断歩き鉄の旅”にて

投稿日:2020年09月28日

本日から新たな鉄道つたい歩きの記事がない時などを中心に、”日本横断歩き鉄の旅”と題して、次のような鉄道沿線の旅記録をPDF化し順次掲載したいと思います。この旅記録も、”日本縦断の旅”と同様、”小さな挑戦シリーズ”と題し、毎年年末年始にかけてアルバム形式でまとめている旅日記から、立ち寄り駅舎を軸に切り出したものです。なお、羽越本線や山陰本線などを踏破した際には、これまでの踏破路線を含め、系統的に第9編以降に順次追加して行こうと考えています。ある程度まとまった段階で、第5作目の著書と同様、第6作目の著書(PDF)として国立国会図書館に納本予定です。

2020年9月2日に投稿した”日本縦断の旅 PDF”と併せてご愛好願えば幸いです。

<日本横断歩き鉄の旅>

第1編 中央本線

第2編 篠ノ井線・大糸線

第3編 関西本線

第4編 草津線・奈良線・大阪環状線

第5編 紀勢本線・阪和線

第6編 信越本線・しなの鉄道・えちごトキめき鉄道

第7編 北陸本線・IRいしかわ鉄道・あいの風とやま鉄道・えちごトキめき鉄道

第8編 予讃線・瀬戸大橋線・宇野線

感謝あるのみ!!閲覧者が25都道府県に拡大

投稿日:2020年09月21日

これまでにもお知らせした通り、毎朝、私はアナリティクスでカッシー館の閲覧者の動向を楽しんでいます。これが一日の大事な日課にもなっています。この検証作業は、カッシー館の2012年7月開設以来、続けています。

※2020年9月21日(月)敬老の日

数値が増えると一日が愉快になるし、減ると少しダメージを受けます。丁度、営業現場と同じような心境です。これまでの8年余を振り返ると、新しい話題を投稿した時は、閲覧者が多くなる傾向にあります。

今回は、”日本縦断の旅PDF”や長男の著書”エジソン・マネジメント”の国立国会図書館に納本した話題などが、功を奏し、本日のアナリティクスで検証したところ(2020年9月21日現在)、全国都道府県で25カ所からアクセス頂きました。もしかするとこの数値は、開設以来最高の記録かも知れません。感謝・感激・感動で一杯です。この場をお借りし、暑く厚く御礼申し上げます。

※アクセスは日本以外に、米国や中国などの海外からもあります。

話は変わりますが、本日の朝日新聞の朝刊によると、65歳以上の高齢者割合は28.7%、70歳以上の割合は22.2%とありました。また、70歳以上の女性は、4人に1とありました。この数値を見て、高齢者の頑張りが必要と感じました。その一人として明るい一話題を提供するため、私の人生哲学のひとつとしている”遊学働”の切り口から、これからも斬新な話題を目指し鋭意努力して参りたいと思います。引き続きカッシー館へのご愛好宜しくお願い申し上げます。

2020年9月21日 カッシー館長 樫原 勉

糸魚川・富山の旅!!その6(立山・富山観光)

投稿日:2020年09月20日

2020年9月10日(木)雨/曇りの中、糸魚川・富山も旅の締めは、富山地方鉄道による乗り鉄による旅となる。すなわち、天気も考慮し、富山市内と富山駅から立山駅までの鉄道沿線風景を楽しむ旅となる。

本日の行程は次の通り。

①チェックアウトまでの時間を活用し、夜お世話になった漁火、だるま亭をデジカメに収める。加えて、38年間お世話になったフコク生命の富山支社もデジカメに収める。

※漁火、だるま亭、フコク生命富山支社

②朝の散歩後、朝食をとり、7時20分頃チェックアウトする。なお、荷物はホテルで預かってもらう。

※東横インホテル界隈、朝の富山駅

➂富山地方鉄道の富山駅で1日フリーきっぷを購入。この切符により、地鉄市内電車と電鉄富山の鉄道を自由に乗り降りできる。

※一日フリーきっぷ

※地鉄時刻表と路線図

④7時58分の特急で立山駅(8時48分着)に向かう。1時間位、立山駅散策後、9時50分発の普通電車で富山駅(11時1分着)に戻る。いつか機会ができれば、営業キロ93.2㎞ある地鉄を踏破したいものだ。

※地鉄富山駅

※車窓からの眺め、特急電車の車両

立山駅

※立山、立山アルペンルート(4年前を思い出す)

※立山駅、富山行きの電車、本宮駅

※有峰口駅、橋、千垣駅

※横江駅、岩峅寺(いわくらじ)駅、寺田駅

※新庄田中駅、富山駅

⑤11時10分〜12時30分、富山大学前と環状線行きの市電に乗り、富山城などを車窓から観賞する。

※富山駅、富山大学前駅

※富山大学、富山城

⑥ホテルで手荷物を貰った後、富山発13時19分のはくたか564号で家路に向かう。新幹線内で心ばかりの祝杯をあげる。

※はくたか564号で祝杯!!

今回の5泊6日の旅は、天気よし、歩きよし、観光よし、酒よし、味よし、友よしで充実した中身の濃い旅であった。歩きの方も全駅舎立ち寄りの下、営業キロ127.4㎞の踏破を無事有言実行でき、天や神、そして今回お会いした方のすべてに感謝の気持ちで一杯です。旅はいいものですね!!次回の旅が楽しみである。完

カッシー館引き続きご愛好宜しくお願い申し上げます。

糸魚川・富山の旅!!その5(魚津~富山)

投稿日:2020年09月19日

2020年9月9日(水)晴れ、糸魚川・富山の旅の第5弾は、魚津駅から富山駅までの営業キロ25.5kmに挑戦する。本日、悪戦苦闘の中その実現が叶い、米原から直江津までの旧北陸本線353.8㎞が繋がる。旧北陸本線の踏破に着手したのが、2009年6月19日(金)(余呉から米原までの26.5㎞)なので、約11年3ヶ月の歳月を費やしての踏破となる。「何事もやりとげるのは大変だ」と強く感じる一日となった。

※いざ出発!!、富山駅

朝、ホテルで朝食を済ませ、7時51分発の黒部行きに乗り、魚津まで移動する。本日も一昨日と同様高校生で電車は満員の状態となる。車窓から本日の道筋を確認する。本日は山はなかったが、駅舎の間に川が横たわっていた。特に、水橋駅から東富山駅までの間にある常願寺川に跨る橋が車窓から見えない。それ故、この区間の踏破は相当負荷を要するだろうと察知する。そのようなことを考えながら魚津駅まで移動する。この駅で沢山の高校生が下車し、バス停に向かっていた。

※魚津駅

魚津駅から富山駅までの到着時刻は次の通り。

魚津(8:22)~東滑川(10:05)~滑川(11:08)~水橋(13:41)〜東富山(16:35)~富山(18:15)

①魚津駅前には巣立ちの像があった。ここから電鉄魚津駅から少し行った先まで高架した鉄道に沿って歩く。主として左側を。電鉄魚津駅は高架した鉄道を潜つた先(8時47分)にあった。8時55分、八幡宮で本日の安全を祈願する。8時56分、新川の土手で高架した鉄道は終了する。約30分の歩きとなった。新川を渡る八幡橋の欄干には、様々な団体名が刻まれていた。

※高架した線路下を歩く、電鉄魚津駅、八幡橋

9時3分、県道137号線(堀江魚津線)に出る。まもなく歩くと、車窓から見えた、ミラメイズにある観覧車(9時32分)前に到着する。ミラメイズの道路反対側には魚津水族館があった。平日とコロナの影響もあり、観客の姿は殆ど見えず。9時33分、これらの娯楽施設に面した、万歩計で528歩ある早月橋(早月川)を渡る。橋を渡ると魚津市から滑川市(9時42分)となる。10時1分、泊行きの電車と対面する。そして道なりに歩いた先にラッキーにも東滑川駅があった。

※ミラメイズにある観覧車、魚津水族館、早月橋

※東滑川駅とその界隈

②暫く歩くと、10時42分、なめりがわウォーキングコースの看板があった。その先に樹齢200年の門松(もんまつ)があった。案内文によると、高さ16.6m、幹回り282mとあった。滑川駅には11時8分到着する。駅前の看板には、”ほたるいかと深層水もまち滑川”とあった。

※門松、滑川駅、滑川のトレードマーク”ほたるいか”

➂11時50分、いいタイミングで寺家踏切近くの中華”菜香厨房”を見つけ、ランチとする。火照った疲れた体を癒してくれた。ランチで一息をついた後、回り路をした道筋から鉄道に近づく。13時21分、工事中の水橋大橋を通過する。かね七や大協薬品がある道筋を通り、水橋駅を目指す。13時32分、やっと左手にとやま鉄道の線路を見つける。そして、鉄道に沿って歩いた先に水橋駅があった。

※菜香厨房で一息、水橋大橋、水橋駅

※水橋駅、常願寺川土手をひたすら歩く!!

④13時52分、第1北陸街道踏切を横切り、鉄道の左側となる。暫く歩くと、14時2分、常願寺川の土手にぶつかる。ここから土手に沿って迂回を余儀なくされる。常願寺川を渡る橋までの所要時間は25分要する。途中、富山念法寺前(14時17分)があった。橋は万歩計で602歩あった。

※富山念法寺、土手を平すら歩く、東富山方面に繋がる橋

この迂回により、道筋を誤り迷路に入る。15時10分ヤマダ電機が近くにある道路下を潜る。15時16分、北陸新幹線下を潜る。その先で国道41号線、名古屋259㎞、高山94㎞、飛騨83㎞と記した標識を見て、改めて地図を確認する。その結果、自分がとんでもないところに来ているに気付く。自分の現在位置と東富山駅の位置関係を確認しょうと試みるが、ナビがうまく作動せず掌握できず。

※国道41号線の北陸新幹線を潜つた先で迷いに気付く!!

後で確認したところ、東富山駅は、現在地から北西の方向にあり、直線距離で4㎞位のところにあった。ここから何人も方に聞きながら、順次修正しながら東富山駅を目指す。しかし、何人もの方にお聞きするが、どこまで歩いても「とやま鉄道の線路」が一向に掌握できなかった。これが不安を増幅させる結果となった。迷いに迷って東富山駅にはやっと16時35分に到着する。水橋から東富山までの営業キロ4.9㎞に約3時間要する。

※迷路に直進、線路は見えず、正面が東富山駅であるが工事中で立ち入りできず!!

※回り路を余儀なくされる、東富山駅

⑤東富山からは富山までは、多少遠回りになるが幹線道路をひたすら歩く。17時20分に雨に遭遇し、その状態が富山駅駅まで続く。富山駅近くの新幹線手前で、通行人の方に富山駅の方向を確認する。少し行った先で右折し、鉄道に沿って歩いた先にあるとのことであった。安堵する。岩瀬浜方面に向かう市電と対面する。そして、雨の中、富山駅には18時15分到着する。駅前で椅子に座っている若者に記念写真を撮って頂く。感謝・感激・感動の写真となった。最後の仕上げには相当の負荷を要すると改めて痛感する瞬間であった。

※富山駅への路、八田橋、富山駅

⑥ホテルで汗を流した後、三顧の礼を尽くすため漁火に出向き、マスターや東京から出張で来たという若者に旧北陸本線踏破の報告をする。楽しいひと時を過ごしたあと、マスターから「また富山に来てください」と温もりの言葉を頂き、この店を出る。美味しい魚と酒であった。

※郵便番号簿より

1 / 41234

最近の記事

アーカイブ