第98回わいわい会!!初日
投稿日:2025年07月23日
2025年7月21日(月)から1泊2日で第98回わいわい会(高松一高同窓の歩き会)は、総勢9名参加の下、次の日程で開催。今回のわいわい会は、関東桜紫会メンバー(6名)と関西桜紫会のメンバー(3名参加)による”合同わいわい会”で、2009年より7月または8月で年1回の頻度で開催している。今回が節目の15目となる。2000年11月から始めたわいわい会も第99回(10月2日予定),第100回(12月6日予定)にて満了となる。この満了は、わいわい道中記50回記念号から100回を想定して活動させて頂いた。同時に最近の参加メンバーの年齢などから見て、今が潮時であると考えた。
※藤澤駅、吉原駅
※吉原駅から岳南江尾駅へ
※岳南江尾駅
1日目:7月21日(月)晴れ
結団式~岳南電車つたい歩き~東横イン熱海駅前泊~笑笑で懇親会
2日目:7月22日(火)晴れ
初島散策~反省会~解団式
<岳南電車つたい歩き>
炎天下の中、岳南電車の岳南江尾駅に6名が参加。岳南江尾駅から岳富士岡駅までの営業キロ2.8㎞に挑戦し、無事踏破できる。これで通算営業キロは、1万6千973km(活動日数841日、日本の鉄道の61.3%、地球円周の42.4%)となり、当面の目標の1万7千キロまで27kmと迫った。
各駅舎到着時刻は次の通り。
岳南江尾(12:33)~神谷(13:24)~須津(すど、13:40)~岳南富士岡(14:06)
駅前のラウンジで一息入れてから、神谷駅を目指す。本日のコースは2月の下見が功を奏し、迷うことなく、効率的に歩くことができた。暑さなどから、神谷駅で1名アップとなったが、残りの5名は無事、予定のコースをクリアでき、主幹事としてホッとする。お陰様で、予定(15時4分)より2本早い電車(14時7分)で岳南富士岡駅を発車できる。そして、ホテルには15時半頃到着できる。ホテルで汗を流し、大相撲名古屋場所を観戦度、18時ホテルロビーへ。
※神谷駅への路
※神谷駅
※須津駅への路
※須津駅
※須津駅
※岳南富士岡駅への路
※岳南富士岡駅
<笑笑で懇親会>
18時半より、これまでのわいわい会にも触れながら語り合う。あっという間に楽しいひと時が過ぎ去る。
<2次会>
ホテルロビーで乾きものを食べながら更に懇親を深める。
会津地方の旅!!その4(会津下郷~西若松)後編
投稿日:2025年07月20日
④先程を通った踏切りを横切り、国道121号線に戻る。11時12分、97歩ある湯野上橋を渡る。その先に左手側に大内宿への交差点があった。急な山道の道筋であった。ここからは国道121号線と国道118号線の併記の道筋となる。11時56分、会津若松24㎞と記した標識前を通過。10時58分より、615歩ある湯野上スノーシェッドを通過する。11時20分、小沼埼パーキングの案内板があった。この先に芦ノ牧温泉南駅に繋がる道筋があったが、ナビの検索を割愛したため、阿賀川が立ちはだかり、芦ノ牧温泉南駅と大川ダム公園駅には立ち寄れない状況となる。11時27分より、1,643mある下郷トンネルと沼尾トンネルを通過する、通過するのに25分(万歩計で3,143歩)要す。トンネル内で「690m+1,090m」と表示の標識もあった。このトンネルを出た後で、誤った道筋を歩いたのに気付く。引き返しリベンジも考えたが、再度暗闇のトンネルを潜る気にはなれず。また、リベンジしたとしても、本日、日没前に西若松駅に到着するのは難しいと考え、明日、大内宿観光後にリベンジすることにする。
※芦ノ牧温泉南駅への路(この先のトンネル通過が大失敗)
※芦ノ牧トンネルを通過すると芦ノ牧温泉街となる
11時55分、大川ダム下郷発電所前を通過。12時10分より、699mある小沼埼トンネルを通過。12時16分、下郷町から会津若松市となる。12時29分より、540歩ある新大川橋(阿賀川)を渡る。12時41分より、589歩ある芦ノ牧トンネルを通過する。このトンネルを出ると、芦ノ牧温泉のホテル街があった。12時48分より、330歩ある芦ノ本久橋を渡る。13時27分より、281歩ある小谷橋を渡る。芦ノ牧温泉駅には13時48分に到着する。この駅への道筋、牛乳やがあったので立ち寄り、ソフトクリームを頂き火照った身体を癒す。この10分位の休憩は、元気を取り戻してくれた。ここから西若松駅まで10.5㎞あるので。
※芦ノ牧温泉駅への路
※芦ノ牧温泉駅(猫に力点を置いた駅舎だった)
⑤14時8分、御世話になったフコク生命たばこ看板前を通過。あまや駅には14時47分到着する。辺りは水田であった。国道118号線から少し入った先にあった。
※牛乳やで一休み
※あまや駅への路
※あまや駅
⑥14時54分、雨屋という標識前を通過、15時22分、29歩ある沢川橋(沢川)を渡る。国道から左手にあるくねくねした道筋を歩いた先に門田駅(15時44分)があった。この駅も、あまや駅と同様、周りは水田地帯であった。
※門田駅への路
※門田駅
⑦門田駅から路地を淡々と歩く。16時1分、六地蔵尊萩之原があった。昨日、歩いた道筋から見えた南若松駅には16時20分到着する。上下口踏切を横切った先にあった。
※南若松駅への路
※南若松駅
⑧昨日歩いた道筋とほぼ同じルートを経由して西若松駅を目指す。西若松駅には17時12分に到着する。運よく、17時17分の列車に乗ることができる。今日もうっかりして首に掛けたタオルをロストする。
※西若松駅への路
※西若松駅
⑨ホテルには17時40分着。汗を流した後、昨日お邪魔した寿し万に立ち寄り、マスターに今日の報告をする。至福の楽しいひと時があっという間に過ぎ去る。「2万キロ達成の暁には、報告も兼ね参ります」と言ってこの店をあとにする。未踏破で悔しい思いもしたが、それなりに旅をまとめることができ、充実した一日であった。
※会津若松駅、寿し万で祝杯
会津地方の旅!!その4(会津下郷~西若松)前編
投稿日:2025年07月20日
2025年7月12日(木)晴れ、会津地方の旅の4日目は、会津鉄道(かつては国鉄)の会津下郷駅から西若松駅までの営業キロ31.1㎞に挑戦する。営業キロでは、今回の旅で最長の区間である。冒頭でも述べた通り、芦ノ牧温泉南駅と大川ダム公園駅を本日は立ち寄れず、翌日リベンジでの対応となった。本日も会津若松6時56分発の始発(鬼怒川温泉行き、2両編成)のため、6時半からのホテルでの朝食はパスして臨む。
※いざ出陣
※車窓からの風景
※会津下郷駅
本日の各駅舎到着時刻は次の通り。門田駅で下り列車との離合がある。
会津下郷(7:47)~弥五島(8:47)~塔のへつり(9:16)~湯野上温泉(10:22)~芦ノ牧温泉南(?)~大川ダム公園(?)~芦ノ牧温泉(13:48)~あまや(14:47)~門田(15:44)~南若松(16:20)~西若松(17:12)
①会津下郷駅を種々のアングルで撮影してから弥五島駅を目指す。国道121号線を軸に歩く。7時51分、楢原郵便局があった。7時57分、万歩計で82歩ある姫川橋(戸石川)を渡る。8時3分、喜多方53㎞、会津若松33㎞と記した道路標識前を通過。8時10分より、176歩ある楢原歩道橋(阿賀川)を渡る。8時12分、下郷中学校があった。8時17分、消防署下郷出張所前を通過。近くにセブンイレブンがあった。8時21分より、131歩ある若水橋(阿賀川)を渡る。8時25分、鉄道下を潜る。国道から右折し.くねくねした小径を歩いた先に弥五島駅(8時43分)があり、心温まる感じの待合室があった。
※弥五島駅への路
※弥五島駅
②8時46分、駅前から直線距離にある国道121号線には、8時46分合流する。右手に会津若松行きの列車が通過して行く。8時50分、下り坂となる。ナビを適宜見ながら用心深く歩く。そして、国道から分岐する道筋を見つけ、坂道を下る。途中地元の人に対面し、念のため、「塔のへつり駅への道筋」をお伺いする。「真っ直ぐ下り、踏切を渡った先にあります」と教えて頂く。教えて頂いた通り、塔のへつり踏切を横切った右手に塔のへつり駅(9時16分)があった。国道から500m位下った先にあった。この駅は用心深く歩かないと未踏破の可能性を感じる駅舎であった。胸を撫でおろす。
※塔のへつり駅への路
※塔のへつり駅
③坂道(先程歩いた道筋)を上り、国道121号線に9時26分合流する。この交差点界隈には下郷町物産館があった。9時37分、67歩ある仲山橋を渡る。9時40分、岪橋(へつり)を渡る。それにしても旅すると難しい漢字に出会うものだ。また、情緒や趣などを感じる地名や駅舎名にも。これも旅する楽しみの一つである。9時43分、福島空港まで67㎞と記した標識前を通過。10時3分、江川郵便局前を通過。10時16分、国道を右折し、第2日光街道踏切を横切り、鉄道の右側となる。温泉街を歩いた先に湯野上温泉(10時22分)があった。温泉街の道筋で明日乗る観光バスが往路復路とも通過して行く。この駅に面して足湯があった。駅構内にある観光センターで明日観光予定の大内宿へのアクセスについてお伺いする。時刻表を頂き、明日の予定を考える資料となる。この駅で甘酒を頂き10分位寛ぐ。後編に続く!!
※湯野上温泉駅への路
※湯野上温泉駅
会津地方の旅!!その3(会津坂下~会津若松)後編
投稿日:2025年07月19日
⑤御田神社前を通過。13時、国道401号線に合流する。ここで、左折するか右折するか迷う。地図を点検し、右折とする。13時22分、宮川土手を歩く。13時35分より、万歩計で257歩ある橋を渡る。13時34分、正一位稲荷神社前を通過。13時47分、林の中から夏の風物詩の蝉の鳴き声を耳にする。13時48分、幹線道路に合流する。13時53分、今歩いている道路は県道130号線(会津高田会津本郷線)とあった。また、会津若松まで6.3㎞とあった。14時10分、45歩ある藤川筋を渡る。右手には故郷香川の白山(円錐形)があった。14時15分、会津美里町から会津若松市となる。46歩ある氷玉川を渡る。14時50分、果樹園前を通過。ナビを至る所で検索して、やっと会津本郷駅(15時10分)に到着できる。この駅もナビがなければ、踏破は難しい駅であった。只見線は非電化のため、電柱がない。その上、水田などでレールが見えないからである。
※会津本郷駅への路
※会津本郷駅
⑥15時18分、懐かしい”フコク生命たばこ看板”前を通過。15時28分、県道128号線に合流する。15時32分、新田東バス停(会津バス)を通過。15時36分、星の子公園前を通過。15時40分、福島空港まで95㎞と記した標識前を通過。15時46分より、本郷大橋(阿賀川)を渡る。16時8分、会津鉄道の上下口踏切を横繰り、この鉄道に沿って歩く。この踏切りから会津鉄道の南若松駅が50m位先に見えた。20分位歩いた先で、会津鉄道の踏切がある。この踏切は横切らずくねくね歩いた先で観戦道路に合流する。この道路を淡々と歩いた先に、会津鉄道と只見線が合流する西若松駅(16時56分)があった。
※会津鉄道の南若松駅界隈への路
※西若松駅への路
※西若松駅
⑦西若松の街並みを歩く。17時7分、城西小学校前を通過。粋な商店街を歩き、趣がある七日町駅には17時33分に到着する。駅舎には会津の特産物などを陳列した店があった。
※七日町駅への路
※七日町駅
⑧この駅から会津若松までのルートに迷う。取り合えず、第一坂下踏切を横切り、鉄道の左側となり、JR線に近いくねくねした道筋を歩く。道筋で犬を散歩させている方に出会い、「会津若松駅への道筋、前方の踏切を横切るか否か」をお伺いする。「踏切を渡り、左折した方が分かりやすいです」と教えて頂く。この助言を受けて、17時48分、藤室街道踏切を横切り、鉄道の右側となる。17時59分、城北北小学校前を通過。暫く歩くと、会津若松駅前のホテル(α-1)が見えてくる。天然温泉”富士の湯”前を経由し、会津若松駅には18時12分に到着。万歩計は63,380歩だった。
※西若松駅への路
※会津若松駅
⑨ホテルには18時15分に到着。汗を流した後、ホテル界隈にある、”寿し万”にお邪魔する。2年前に立ち寄らせて頂いたことをマスターが覚えてくれていた。併せて「店内に2年前にお渡したカッシーチラシを掲示していました」をお伺いし、二重の喜びと感動となる。このお話を機に、2年間での歩きなどを話す機会を得る。また、「会津鉄道では大川ダム公園駅の踏破が難しいです」と助言も。あっと言う間に至福のひと時を過ごすことができる。「明日か明後日のいずれかお邪魔します」と言って、この店をあとにする。ホテルに帰るやバタンキュー。充実した一日であった。
※東横イン
※寿し万にて
会津地方の旅!!その3(会津坂下~会津若松)前編
投稿日:2025年07月19日
2025年7月11日(金)曇り、会津地方の旅の3日目は、只見線の会津坂下駅から会津若松駅までの営業キロ21.6㎞に挑戦する。本日は、会津若松駅を発車する2番目のダイヤ(7時41分、会津川口行き)の列車であったので、ホテルで朝食をとってから臨むことができた。車内はいつの間にか満席の状態になっていた。会津高田駅でかなりの高校生の乗下車があった。そして私が下車する会津坂下駅で沢山の高校生が下車。それ故、会津坂下以降は数人の乗客になったと思われる。昨日と比べ、曇り空で心地よい風もあり、終日、最高の環境の下で歩くことができた。ただし。鉄道に沿った幹線道路がなく、水田の中をくねくね鋸型に歩くことを余儀なくされた。特に、根岸駅から会津高田駅は、道筋を誤ったため、水田や川により、大きく迂回を余儀なくされた。すなわち、3.5㎞の営業キロに1時間44分も要す。
※いざ出陣
※会津坂下駅
各駅舎立ち寄り時刻は次の通り。
会津坂下(8:25)~若宮(9:33)~新鶴(にいづる、10:22)~根岸(11:07)~会津高田(12:51)~会津本郷(15:10)~西若松(16:56)~七日町(17:33)~会津若松(18:12)
①暫く、会津坂下の街並みを歩き、8時32分、国道49号線に合流する。久し振りに水田が続く道筋でセキレイと対面する。左手の林からカッコの鳴き声を耳にする。ナビで検索した結果、大きく鉄道を離れつつあったので。農道を歩き方向転換する。8時55分、県道22号線に合流する、9時26分、金沢バス停前(会津バス)を通過。36番わかみや踏切を横切った先に若宮駅(9時33分)があった。3人の作業員の方が駅周辺の草刈り作業をしていた。
※県道22号線までの路
※若宮駅への道
※若宮駅
②再度踏切を横切り、幹線道路に戻る。9時45分、会津坂下町から会津美里町となる。9時48分、高速道路下を潜る。9時56分、北海道でよく見かけた風よけの設備がある水田前を通過。10時2分、田子薬師如来前を通過。心地よい風を感じる。新鶴駅には10時22分に到着。ここでも若宮駅で草刈りをしていた作業員の方と対面する。
※新鶴駅への路
※新鶴駅
③鉄道に沿った道筋を歩く。10時33分、高齢車福祉センター前を通過。10時38分、会津美里町役場前を通過。10時40分、新鶴生涯学習センターがあった。10時46分、県道22号線に合流する。10時51分、61歩ある家東橋を渡る。根岸踏切を横切った先に根岸駅(11時7分)があった。
※根岸駅への路
※根岸駅
④冒頭でも述べた通り、会津高田駅への道筋、県道22号線で行くべきところ、別のルートを歩いたため大きく大回りとなる。11時22分、鉄道に沿った農道を暫く歩く。11時19分、この農道も行き止まりとなり、鉄道に沿った農道からアスファルト道路に方向転換。11時24分、心地良い風は神風に感じる。11時25分、宮川土手に出る。この土手を左折すべきところ、右折したため大回りとなる。土手沿いを歩く。11時40分、右手には幹線道路を横切る雀林踏切があった。宮川土手を歩く。しかし、11時43分、線路が立ちはだかり行き止まりとなる。引き返し、先程の踏切を11時47分横切り、JR線の右側となる。5分位ロスタイムが生じる。この踏切から水田の中にある幹線道路を歩き、山裾まで歩くことを余儀なくされる。12時2分、JR線に沿った道路にやっと合流できる。この先でも神風を感じる。12時16分、田植したばかりの水田を通過。”幼少の頃の実家界隈の田植も7月初旬であったこと”を思い出し懐かしくなる。12時19分、行き止まりとなった宮川土手の橋(45歩)を渡る。12時51分、やっと会津高田駅に到着できる。駅前には第36作”男をつらいよ”のロケ地の看板があった。また、お田植まつりの旗が、伊佐須美神社の周辺に一杯あった。後編に続く!!
※宮川土手までの路
※土手歩きから幹線道路へ
※会津高田駅への路
※会津高田駅
※伊佐須美神社

























































































































































































































