伯備線などの旅!!その6(備中高梁~新見)前編
投稿日:2025年08月10日
2025年8月4日(月)晴れ、伯備線などの旅の6日目は、伯備線の備中高梁駅から新見駅までの営業キロ30.4㎞に挑戦する。当初は、木野山~新見までの25.6㎞を予定していたが、九ヶ条からなる”こだわり鉄道つたい歩き”の第5条(先憂後楽の考え方)に基づき、木野山~備中高梁までの営業キロ4.8㎞を加える。この前倒しにより、8月6日に予定していた総社~倉敷までの営業キロ10.7㎞を明日8月5日(火)に繰り入れることが可能となった。ただし、重いリュックを背負ってかつ今回の旅で最長の営業キロ34.0㎞を余儀なくされるが。なお。このプランは、本日の歩きで思いつく。それ故、当初予定した新見発7時23分発を6時8分に早めて臨む。昨日コンビニで買ったおにぎりを朝食とする。各駅停車に乗り、伯備線の新見~伯耆大山に比べ、新見~倉敷の方が乗客数においては、数倍利用度が高いと痛感。車両編成も2両から4両編成となる。
※さあ6日目に挑戦だ
※備中高梁駅
本日の各駅舎立ち寄り時刻は次の通り。
備中高梁(6:53)~木野山(8:21)~備中川面(かわも、9:32)~方谷(ほうこく、11;51)~井倉(14:36)~石蟹(いしが、16:37)~新見(18:12)
①備中高梁駅を種々のアングルから撮影して、木野山駅を目指す。6時58分現在の温度は24℃とあった。駅に到着するや否や、蝉の鳴き声を聞き、真夏のウォーキングを実感する。今日は重いリュックを背負っていないため、身体的には楽であった。7時7分、高橋中央公園前を通過。7時10分、有終館跡で4本松を鑑賞する。7時20分、方谷楽舎高校前を通過。国道180号線に合流する。7時22分、新見36㎞、岡山48㎞と記した標識前を通過する。7時24分、高梁消防本部、高橋消防署前を通過。7時49分、コンビニ(高梁津川町店)に立ち寄り、塩飴を購入する。8時10分より、万歩計で189歩ある新幡見橋を渡る。右手には有漢川橋梁があった。8時17分、米子103㎞、新見30㎞と記した標識があった。木野山駅には8時21分に到着。駅通路を経由した先にあった。
※4本松までの路
※コンビニへの路
※木野山駅への路
※木野山下駅
②8時26分、踏切を横切り国道180号線に戻る。9時2分より、万歩計で277歩ある橋(高梁川)を渡る。JR線の鉄橋は第1高梁川橋梁とあった。9時19分より、191歩ある秋田橋を渡り、民家が広がる通りに出る。9時25分、備中寺山城跡前を通過。9時27分、高梁北中学校前を通過。備中川面駅には9時32分に到着する。この駅から傘をさし、熱中症対策の一助とする。この駅で駅備え付けノートにメモする。
※備中川面駅への路
※備中川面駅
③備中川面駅から方谷駅まで国道180号線、伯備線そして高梁川が複雑に絡み、神経を費やす。誤って進行すると行き止まりとなり、高梁川を渡れない恐れがあるからだ。ネットで確認し道なりに進んでも高梁川を渡れると判断し直進する。ところが、伯備線の踏切を渡る手前で、先程バイクで通り過ぎたお巡りさんと再度対面。念のため、「このまま進んでも方谷駅に行けますか」と確認する。「先日の大雨で土砂崩れがあり、通行止めです。車だけではなく歩行者もダメです。私は写真撮影でやって来たと思っていました。方谷駅へは秋田橋まで引き換えすしかありません」との回答を頂く。確かに、秋田橋を渡り暫く歩いた先で「通行禁止」の掲示板はあったが、これまでの歩きでは、車はNGであったが、歩行は用心深く歩けば通行できた。最近、鉄道沿線を歩いた場合このようなケースが多くなって来ているような気がする。やむを得ず、再度、備中川面駅経由で秋田橋まで引き返す。この橋を渡り、国道に到着時刻は10時37分であった。通行止めが発覚した地点から42分もロスタイムとなる。
※再度備中川面駅通過
④10時48分、新見24km、米子97㎞と記した標識前を通過。その先で51歩ある赤い河戸橋を渡る。11時5分、御鋒神社前で本日の安全を祈願する。11時47分より167歩ある中井橋を渡る。この橋を渡ると民家が広がっていた。200m位戻った先に方谷駅(11時51分)があった。駅前には自動販売機はあったが、旧千円札はOKであったが、新千円殺はNGであった。生憎小銭は100円未満、千円札は新札しか持ち合わせがなく、ペットボトルの補給ができず。僅かになったペッボトルを活用しながらの道筋を余儀なくされる。少なくとも歩く場合、旧千円持参もしくは100円玉を沢山持って歩く必要性をモ骨身に感じた。後編に続く!!
※赤い橋への路
※中井橋への路
※方谷駅
伯備線などの旅!!その5(生山~新見)後編
投稿日:2025年08月10日
④11時51分、第10西川橋梁から連結したJR線下を潜り、鉄道の右側となる。鉄道はトンネルへ。11時52分、第12西川橋梁関連の鉄道下を潜り、鉄道の右側となる。12時2分、第13西川橋梁関連の鉄道下を潜り、鉄道の左側となる。12時6分、蝉の鳴き声で元気頂く。12時8分、第14西川橋梁関連の鉄道下を潜り、鉄道の右側となる。12時18分、第15西川橋梁関連の鉄道下を潜り、鉄道の左側となる。12時46分、JR線を跨ぎ、鉄道の右側となる。途中道の駅があり、からからになった喉を潤してくれる。道の駅界隈に備中神代駅があると思ったがさにあらず。迷子になりそうであったので、売店に入り、備中神代駅への道筋をお伺いする。「この通りを暫く真っ直ぐ歩き、左に曲がる道筋を歩けば行けます。ところで、何処からやって来たのですか。暑い中大変ですね」と。これに対し、「伯備線の踏破にやって来ました。今朝、生山から歩いて来ました。秘境駅布原駅を経由して新見駅を目指しています」と応対。「大変ですね。暑い中頑張って下さい」と激励される。お礼を言ってこの場を去る。道の駅から左折する交差点までは意外に遠かった。やっと左折する交差点に到着する。13時26分、神代西踏切を横切り、鉄道の左側となる。橋を渡り、やっと備中神代駅には13時32分に到着する。前方には山が広がっていた。この駅から芸備線(備中神代~三次:営業キロ50.3㎞)が繋がっていた。”どこまでも続く鉄道よ”であった。いつかこの鉄道も踏破したいとまたまた夢膨らむ。
※道の駅までの路
※備中神代駅界隈
※備中神代駅
⑤森の中を歩く。車が通れる3m位幅の道筋であった。13時36分、神代東踏切を横切り鉄道の右側となる。13時43分、黒滝踏切を横切り、鉄道の左側になろうとしたところ、岡山方面に向かう特急が通過して行く。13時53分より、万歩計で60歩あるトンネルを通過する。ここからくねくねした上り坂を歩く。14時6分、山間下に線路を見つける。14時14分、桧林が続く。1台の自家用車が私を追い越して行く。この車の若いカップルとは、これから3度お会いする。14時15分、竹林となる。14時22分、やっと布原駅に繋がる交差点に到達する。交差点先には先程見かけた車が停車していた。この交差点から下りとなる。少し歩いた先で先程の若いカップルと対面する。道筋を確認のため、少し下った様子であった。「この道を下れば、布原駅に到着できますか」と質問する。「行けます」との回答がある。坂道を10分位下る。民家が数軒あった。14時36分より、71歩ある橋を渡る。橋を渡った先でも民家があった。鉄道に沿って戻った先に布原駅(14時43分)があった。岡山方面に向けて特急”やくも”が通過して行く。駅には駅ノートを収納する7~8㎝高さの頑丈な鉄のボックスがあった。このボックスを開け、メモしたカッシーチラシをメモ帳の上に挿入する。蓋は照り返しで火傷しそうな位熱かった。布原駅を去ろうとしたところ、先程の若いカップルの2度の対面となる。折角の機会であったので、カッシーチラシを手渡しPRさせて頂く。今度は橋を渡り、交差点まで上り坂を歩く。途中、3度目の若いカップルに出会う。車を減速し、「ありがとうございました」のお礼がある。非常に温もりを感じた。交差点には15時5分に戻る。
※トンネルまでの路
※山間から線路が見える
※交差点への路
※橋を渡り布原駅へ
※布原駅
⑥ここからは新見駅を目指す行程となる。くねくねした山道を下る。15時29分、バイクが私を追い越して行く。15時30分、自家用車と軽トラックが追い越して行く。少し歩いた先で民家が広がる。また、街並みが見えて来る。15時41分、JR線下を潜り、鉄道の左側となる。その先に自動販売機を見つけ、カラカラになった喉を潤す。鉄道の左側を淡々の歩いた先に新見駅(16時8分)があった。万歩計は66.668歩であった。いつの間にか、伯備線に沿って流れている川は、日野川から高梁川となっていた。ホテルには16時27分到着。本日は休肝日とし、汗を流した後、コンビニで夕食の食材を購入。夕食後バタンキュウとなる。充実した一日であった。
※交差点に戻り、新見駅を目指す
※山を下る
※線路下を潜り淡々と歩いた先に新見駅があった
伯備線などの旅!!その5(生山~新見)前編
投稿日:2025年08月09日
2025年8月3日(日)晴れ、伯備線などの旅の5日目は、伯備線の生山駅から新見駅までの営業キロ31.0㎞に挑戦する。秘境駅布原駅の踏破に負荷を要する可能性を勘案し、新見発6時59分を2本早い始発5時46分に切り替える。加えて、涼しい内に少しでも多く歩く環境にするために決断した。営業キロは昨日に比べ、2倍位あるが、重たいリュックを背負っての歩きではない。また、新見駅が目標のため、列車での移動もないので、時間の制約から回避できた。ただし、備中神代~布原~新見が山越えとなるため、日没前(少なくとも18時前)には山を下った新見駅界隈に到着したかった。結果、大正解であった。朝食は昨晩買ったおにぎりで対応する。日曜日であり、始発のため、2両編成の車両は私のみであったと思われる。私が下車する生山で一人高校生が乗ってきたので、少なくとも一人は確保となった。このような場面は、2015年6月宗谷本線で音威子府(おといねっぷ)から南稚内に移動する際にも遭遇した。鉄道を愛する私にとっては非常に淋しい思いであった。
※ホテルから新見駅へ
※2両編成の貸し切り状態で生山駅へ移動
※生山駅
各駅舎立ち寄り時刻は次の通り。
生山’(しょうやま、6;36)~上石見(かみいわみ、8:45)~新郷(にいざと、9:55)~足立(あしだち、11;41)~備中神代(13:32)~布原(14:43)~新見(16:08)
①生山駅を種々のアングルで撮影後、営業キロ8.7㎞ある上石見駅を目指す。生山駅で沢山の燕に遭遇する。6時47分より、119歩ある生山橋を渡る。6時55分より、赤い通天橋を渡る。6時58分、JR線を潜り鉄道の右側となる。7時22分、今度はJR線を跨ぎ鉄道の左側となる。7時28分、原公会堂前バス停前(日南町バス)を通過する。7時30分、只今の気温は21℃とあった。7時45分、新見30㎞、上石見5kmと記した標識前を通過する。7時47分、米子方面に向かう列車と対面する。7時50分、坂上る。8時7分、野菜を軸に販売している”はなみずき青空市場”前を通過。10人位の人がいた。8時15分、ビニールハウスが広がっていた。数十年前、両親が健在な頃の苺栽培を思い出ししんみりする。上石見駅には8時45分にやっと到着する。駅前には「井上泰ゆかり・にちなん高原駅」の標識があった。併せて、生山駅と同様創業以来百年の看板もあった。この駅界隈には民家が広がっていた。この駅界隈で、近隣の方から私の帽子を見て、エールがある。「どこからやってきたのですか」と。「今朝、生山から歩いています。新見に向けて歩いています。伯備線踏破が今回の旅の目的です。これまで鉄道つたい歩きで1万7千キロを突破しました。詳細はチラシに記載しています。スマホをお持ちであれば閲覧できます」と言って、早速カッシーチラシを手渡する。「私は持っていませんが、主人が持っています。あとで確認します。ありがとうございます」と。お礼を言ってこの場を去る。
※上石見駅への路その1
※上石見駅への路その2
※上石見駅
②9時13分、峠に差し掛かる辺りで、鳥取県日南町(文学のふるさと)から岡山県新見市となる。9時41分、右手にJR線の和忠川橋梁を目にする。9時55分、新郷駅に到着する。この界隈には数軒の民家があった。上石見駅に比べ粗末な駅舎であった。
※新郷駅への路
※新郷駅
※新郷駅をあとに
③10時、森から蝉の声を聞き安堵する。境線では全く蝉の鳴き声を聞かず心配(異常気温よる環境変化)していた。10時15分、JR線を潜り鉄道の右側となる。10時22分、左側となる。10時37分、右側となる。この界隈の右手に第2西川橋梁があった。10時58分、七石橋を渡る。11時1分、木村下バス停前(新見市営バス)を通過する。11時17分、第5西川橋梁を目にする。11時5お分、第7西川橋梁を目にする。11時25分、JR線下を潜り、鉄道の右側となる。11時28分、左側となる。11碑30分、工場が立ち並ぶ足立石灰前を通過。只今の気温は34℃とあった。川を渡った先に足立駅(11時41分)があった。この駅界隈には民家はなかった。後編に続く!!
※足立駅への路
※足立駅
伯備線などの旅!!その4(根雨~生山)
投稿日:2025年08月09日
2025年8月2日(土)晴れ、伯備線などの旅の4日目は、伯備線の根雨駅から生山駅までの営業キロ15.9㎞に挑戦する。今回の旅で最も短い区間であった。しかし、重いリュックを背負っての歩きと生山から予定の列車の時刻(14時51分)に乗り遅れないようにするため、それなりにプレッシャーを感じた。朝ホテルで食事をとり、米子発7時36分の列車で臨む。
※ホテルチェックアウト
※米子駅にて
※根雨駅
各駅舎立ち寄り時刻は次の通り。
根雨(8:20)~黒坂(10:50)~上菅(12:26)~生山(13:32)
①8時20分より黒坂駅を目指す。8時22分、根雨小学校跡地前を通過。暫くは根雨の街並みを歩く。直進し過ぎると国道181号線に行く恐れがあった。案の定、100m位誤った方向に進んでいたが、ナビの検索のタイミングが功を奏し補正できる。くねくねした路地を歩き、国道180号線に無事合流できる。国道180号に合流前に、8時42分、54歩ある橋を渡る。8時51分、広島163㎞、庄原76㎞、日南17㎞と記した標識前を通過する。これから日陰がある場所も道路の状況によってあった。この日陰が大きな援軍となった。根雨駅から暫く歩いた先から、濡れタオルを帽子の下にセットと雨傘をさして臨む。9時25分、生山15km、黒坂5kmの標識前を通過する。9時30分、日野町本郷という地名を通過。9時54分、牛舎から牛の鳴き声が聞こえてくる。「暑いよ」と言っているように聞こえた。9時53分、JR線が日野川を渡り、道路脇に合流する。しかし、10分位歩いた先でJR線は日野川を渡り、トンネルへ。ここから日野川に沿って迂回を余儀なくされる。10時21分より、万歩計で180歩ある下黒坂橋を渡る。10時25分、下黒坂踏切を横切り、鉄道の右側となる。県道46号線(日野溝口線)を歩く。10時36分、日野町黒坂という地名を通過。ここから黒坂駅への路は意外に遠かった。10時41分、玉島街道踏切を横切り、鉄道の左側となる。10時45分、栗坂郵便局前を通過、黒坂駅には10時50分に到着する。
※国道180線までの路
※下黒坂橋までの路
※下黒坂橋を渡り、下黒坂踏切を横切る
※黒坂駅への路
※黒坂駅
②11時7分より、150歩ある黒坂橋を渡る。そして、国道180号線に合流する。11時16分、生山9㎞、広島154㎞、庄原67㎞と記した標識前を通過。11時21分、JR線を跨ぎ、鉄道の右側となる。11時25分より、248歩ある新黒坂橋(日野川)を渡る。11時35分、夏の風物詩の蝉の鳴き声を聞き安堵する。11時55分、井出を見て幼少の頃を思い出す。小魚が泳いでいた。12時6分より、161歩ある乗換橋(日野川)を渡る。上菅(かみすが)駅には。12時26分に到着する。
※上菅駅への路
※上菅駅
③12時55分より、121歩ある荒神原橋を渡る。12時59分、JR線下を潜る。丁度、米子方面に向けて、列車が通過して行く。13時3分、諏訪バス停(日野町営バス)前を通過。13時5分、改めて蝉の鳴き声を聞く。13時7分、広島147㎞、称原60㎞、新見36㎞と記した標識前を通過。13時17分、日野町から日南町となる。13時27分、高速道路下を潜る。生山(しょうやま)駅には、13時32分に到着。万歩計は34,686歩であった。駅前のお好み焼き屋に入り、生ビールで火照った身体を癒す。最高であった。この店は14時まで営業とのことで、14時少し前に退席する。この店でも、カッシーチラシが威力を発揮した。店の方とお客さんに今回旅を軸に話す機会を得る。至福のひと時に早変わりする。
※生山駅への路
※生山駅
※ランチビールで祝杯
※新見駅へ移動
④次の新見行きは14時51分、約50分の待ち時間を利用して、今回の旅の対策などを吟味する。そんなことをしているうちに、14時51分の列車がやって来る。明日踏破する、生山から新見の道筋を車窓から確認しながら新見まで移動する。ホテルには16時45分到着する。汗を流した後、ホテルから紹介された居酒屋”関候”にお邪魔し、明日からの英気を養う。充実した一日であった。
※新見駅、ビジネスシティホテル
※関候でも祝杯
伯備線などの旅!!その3(境線:境港~米子)後編
投稿日:2025年08月09日
⑤再度、御崎口踏切を横切り、鉄道の右側となる。幹線道路から田んぼの向こうに和田浜駅が見える駅への道筋が見つからない。暫く歩いた先で小松山踏切があり、この踏切を横切り、少し戻った先に和田浜駅(12時17分)があった。鉄道に沿った田んぼ道を暫く歩く。12時30分、宮益第⒒踏切を横切り、幹線道路となる鉄道の右側となる。12時35分、宮益第1踏切を横切り、鉄道の左側となる。この踏切を渡ろうとしたところ、境港方面に向かう列車が通過して行く。弓ヶ浜駅には13時7分に到着する。
※和田浜駅への路
※和田浜駅
※弓ヶ浜駅への路
※弓ヶ浜駅
⑥喉がからからとなるが自動販売機の姿はなし。工事中の道路を歩き,河崎口を目指す。鉄道から大きく迂回した道筋を歩き、河崎口駅には13時52分に到着する。この駅には”ねこ娘”の長椅子があった。その先にある境街道踏切を横切り、鉄道の右側となる。この界隈で水分補給する。ここから三本松駅への道筋はややこしかったが、ナビが大きな援軍となった。14時5分、米子郵便局前を通過。米川に沿って歩く。14時13分、社会福祉法人こうほうえん「アザレアコート」前を通過。15時14分、米川踏切を横切り、鉄道の左側となる。この踏切界隈は、米川も絡み複雑な地形であった。米川は依然右手にあった。14時26分、米川を跨ぐ柳橋を渡った先に三本松駅が見えて来る。そして、前谷踏切を横切り、鉄道の右側になった先に三本松口駅(14時29分)があった。本日一番の難所駅であった。
※河崎口駅への路
※河崎口駅
※三本松口駅への路
※三本松口駅
⑦鉄道に沿った右側を淡々と歩く。しかし、後藤駅は見えるがこの駅への踏切が見当たらない。やむを得ず、先程歩いて来た道筋を引き返す。10分位ロスタイムが生じる。14時59分、先程通り過ぎた米原踏切を横切り、鉄道の左側となる。後藤駅には15時3分に到着する。
※後藤駅への路
※後藤駅
⑧富士見駅への道筋も鉄道に沿った道筋がなく、大きく迂回した幹線道路を歩くことを余儀なくされる。幹線道路を右折して国道9号線に合流する。15時25分、ヤマダデンキ前を通過。15時28分より、途中境線を跨ぐ綿橋を渡る。途中で境線の線路は見えるが、下の道路には降りられず。100m位歩き、綿橋を終えた箇所で、綿橋に沿って線路に近づく。線路が見えるや否や富士見駅(15時40分)があった。
※富士見駅への路
※富士見駅
⑨富士見駅から博労町駅への道筋もナビがなければ迷いそうな道筋であった。しかし、ナビのお陰で迷うことなく、博労町駅には15時54分到着できる。この駅は、数年前、山陰本線踏破の際にも立ち寄った駅舎で懐かしくなる。そして、幹線道路に合流して淡々と歩いた先に本日の終着駅である米子駅(16時18分)があった。万歩計は45,539歩とあった。
博労町への路
※博労町駅
※米子駅
⑩16時23分、ホテルに戻り汗を流した後、三顧の礼を尽くすため、太平記にお邪魔し、楽しいひと時を過ごさせて頂く。マスターに「3日間お世話になりました。明日から新見の方に移動します。後日カッシー館をご覧下さい」と言ってこの店を去る。楽しい米子の3日間の夜であった。
※地酒で祝杯