南海電鉄仕上げなどの旅!!その2(阪堺線&上町線)後編
投稿日:2025年12月18日
<住吉~天王寺駅前>
⑧メイン道路にある阪堺線から右折し、路地をくねくね歩く。上町線の線路を横切り、線路の右側となる。階段を7m位上った先に神ノ木駅(12時36分)があった。丁度電車がやって来る。12時38分、高野線の踏切を横切る。再度レールは路面となる。帝塚山四丁目駅には12時42分に到着する。12時50分、帝塚山三丁目駅に到着する。そして、姫松駅には12時50分、北畠駅には13時3分に到着する。
※住吉駅界隈
※神ノ木駅への路
※神ノ木駅
※帝塚山四丁目駅への路
※帝塚山四丁目駅
※帝塚山三丁目駅
※帝塚山三丁目駅
※姫松駅への路、姫松駅
※北畠駅への路、北畠駅
⑨今歩いている道路は、熊野街道とあった。13時14分、安倍晴明神社前を通過。東天下茶屋駅には13時17分到着、13時20分、松虫交差点前を通過。13時21分、踏切を横切り、鉄道の左側となる。松虫駅には13時22分に到着する。13時22分、踏切を横切り、鉄道の右側となる。13時26分、踏切を横切り、鉄道の左側となる。再び、レールは路面となる。
※東天下茶屋駅への路
※東天下茶屋駅
※松虫駅への路
※松虫駅
⑩13時31分、阿倍野警察署前を通過。阿倍野駅には13時37分に到着。近鉄線とJR線の間の幹線道路を歩く。前方に高層の近鉄ビルが見えて来る。賑やかな通りを歩き、天王寺駅前には13時53分に到着する。14時発の浜寺駅前行きに乗り、住吉駅を目指す。車内は満員状態であった。今朝の阪堺線に比べ、雲泥の差であった。
※阿倍野駅への路
※阿倍野駅
※天王寺駅前への路
※天王寺駅前
<住吉~恵美須町>
⑪住吉駅を14時20分スタートする。東粉浜駅には14時26分に到着する。左手には南海本線があった。塚西駅には14時36分に、東玉出駅には14時42分に到着する。14時44分、高野線下を潜る。14時45分、玉出東保育園を通過。14時52分、天満宮があった。天神ノ森駅には14時55分に到着する。
※住吉駅まで戻る
※東粉浜駅への路(ひがしこはま)
※東粉浜駅
※塚西駅への路、塚西駅
※東玉出駅への路、東玉出駅
※天神ノ森駅への路
※天神ノ森駅
⑫左手には南海本線があった。15時1分、天下茶屋公園駅を通過。聖天坂駅には15時7分に到着する。そして。北天下茶屋駅には15時20分に到着。15時21分、細い道を歩く。松田町駅には15時27分に到着する。今船駅には15時38分に到着する。
※聖天坂駅への路
※聖天坂駅
※北天下茶屋駅への路
※北天下茶屋駅
※松田町駅への路(時計が印象的)
※松田町駅
※今船駅への路、今船駅
⑬駅舎が高架したところにある今池駅には15時44分に到着する。7m位の階段はカラフルであった。商店街の入口にあった。この商店街を通り抜けたところに萩ノ茶屋駅があった。新今宮駅前には15時54分に到着する。
※今池駅への路
※今池駅
※新今宮駅前への路
※新今宮駅前
⑭15時55分、JR線下を潜る。幹線道路を淡々と歩いた先に恵美須町駅(通天閣前)があった、
※JR新今宮駅
※恵美須町駅
⑮時間があったので、16時過ぎから1時間位通天閣を散策する。大阪の街並みが一望できる。遠い中学校時代の修学旅行を思い出し懐かしくなる。ホテルに戻り、汗を流した後、ルシアスビルにある寿し割烹”魚市”で本日の疲れを癒す。充実した一日であった。
※通天閣への路
※通天閣散策
※通天閣を後にする
※魚市で祝杯
南海電鉄仕上げなどの旅!!その2(阪堺線&上町線)前編
投稿日:2025年12月18日
<浜寺駅前~住吉>
①浜寺駅前界隈は、本年9月9日(火)南海本線踏破の際、迷いに迷った苦い思い出が蘇る。8時25分、浜寺公園前を通過。8時35分、道筋を誤りそうになるが、ナビのお陰で軌道修正できる。南海本線の踏切を横切った先に船尾駅(8時49分)があった。8時59分より88歩ある石津川を渡る。石津駅には9時2分に到着する。
※浜寺公園
※船尾駅
※石津駅への路
※石津駅
②9時7分、石津太神社前で本日の安全を祈願する。沿道で何となく師走を感じる。9時12分、堺市立浜寺石津小学校前を通過。今歩いている道路は紀州街道とあった。左手には南海本線が走っていた。石津北駅には9時20分に到着する。複雑な道筋を歩き、東湊駅には9時32分に到着する。大通りに出た先に御陵前駅(9時50分)があった。この駅から綾ノ町駅まで路面電車となる。この路面電車を見て、江ノ島電鉄や都電荒川線を思い出した。
※石津北駅への路
※石津北駅
※東湊駅への路、東湊駅
古明地r氏御陵前駅への路
※御陵前駅
③9時53分、善宗寺前を通過。寺地町駅には9時56分に到着。上りと下りのホームが分離してあった。以下このようなホーム体系となる。9時56分、木曽路があった。10時7分、宿院駅(千利休屋敷跡前)に到着。10時11分、”与謝野晶子生家の跡”標識前を通過。与謝野晶子さんに関連する標識は、室蘭本線、指宿枕崎線、そして京都丹後鉄道でも見かけ、旅をするとまだまだあるような気がする。大小路駅には10時16分に到着する。
※寺地町駅への路。寺地町駅
※宿院駅への路。宿院駅
※与謝野晶子さんの標識、大小路駅への路
※大小路駅
④戎公園(ザビエル公園)前を通過。花田口駅には10時26分に到着する。10時35分、堺伝匠館前を通過。10時36分、妙国寺前駅に到着。この駅は材木町交差点の界隈にあった。今歩いている道筋は大道筋とあった。神明町駅には10時43分に到着。そして、綾ノ町駅には10時55分に到着する。ここで路面レールはエンドとなる。
※花田口駅への路、花田口駅
※妙国寺前駅への路
※妙国寺前駅
※神明町駅への路。神明町駅
※綾ノ町駅への路、綾ノ町駅
⑤高須神社が界隈にある高須神社駅には11時6分に到着する。大和川駅には11時15分に到着する。前方に南海本線の線路が見えて来る。懐かしくなる。大和川を渡ると、堺市から大阪市となる。この川は、南海本線、高野線、阪和線などで何度も渡った川であり親しみを感じた。
※高須神社駅への路
※高須神社駅
※大和川駅への路
※大和川駅
⑥11時19分より、336歩ある大和川(大和橋)を渡る。11時26分、暑くなり、セーターを脱ぐ。我孫子道駅には11時35分到着。駅前は賑やかであった。路地を歩く。300m位行き過ぎて戻る。安立町駅(あんりゅうまち)には11時58分に到着する。狭い路地のエリアにあった。10分位ロスタイムが生じる。12時、曇り空から青空が広がる。12時7分、細江川に沿って歩く。細井川駅には12時9分に到着する。
※大和川を渡る
※我孫子道駅
※安立町駅への路
※安立町駅
※細井川駅への路
※細井川駅
⑦12時12分、住吉大社前を通過。住吉鳥居前駅には12時19分に到着する。そして、住吉駅には12時21分に到着する。後編に続く!!
※住吉大社、住吉鳥居前駅
※住吉駅への路、住吉駅
南海電鉄仕上げなどの旅!!その2(阪堺線&上町線)総括編
投稿日:2025年12月18日
2025年12月11日(木)晴れ、南海電鉄仕上げなどの旅の2日目は、南海電鉄が2025年4月統合した路面電車である阪堺線(恵美須町~浜寺駅前:14.0㎞)と上町線(天王寺駅前~住吉:5.9㎞)に挑戦する。朝ホテルで朝食をとってから臨む。本日踏破する駅舎は40駅舎もあり、メモ帳に転記するのに骨が折れた。当初の手順は、阪堺線を歩き終え、恵美須町から住吉まで移動し、上町線の踏破を予定していたが、電車の本数を考慮し、歩く手順を変更する。すなわち、浜寺駅前から天王寺駅前まで歩き、天王寺駅前から住吉まで電車で戻り、住吉から恵美須町まで歩く段取りとした。この手順の変更が功を奏し、通天閣を散策する時間がとれ、ラッキーであった。
※新今宮駅前までの路
※新今宮駅前
朝乗ったダイヤは、恵美須町からの電車は我孫子道止まりであり、浜寺駅前に行くには我孫子道で乗り換えることを余儀なくなれた。一方、天王寺駅前からは我孫子道に加え、浜寺駅前行きのダイヤもあった。加えて、恵美須町からのダイヤは1時間に2本程度であったが、天王寺前からは5~6本あった。更に、乗客数も、天王寺駅前から浜寺駅前までは多いのに比べ、恵美須町から我孫子道までの乗客数はまばらであった。
※我孫子道駅への路
※我孫子道駅で乗り換え(どこまで行っても一律240円)
ホテルを7時10分出発し、新今宮駅前を7時23分の路面電車で我孫子道(7時43分)まで移動する。この駅で天王寺駅前からやって来た電車(7時49分)に乗り継いで浜寺駅前には8時22分に到着する。
※浜寺駅前
本日の各駅舎立ち寄り時刻は次の通り。
<浜寺駅前~住吉>
浜寺駅前(8:22)~船尾(8:49)~石津(9:02)~石津北(9:20)~東湊(9:32)~御陵前(9:50)~寺地町(9:56)~宿院(10:07)~大小路(10:18)~花田口(10:26)~妙国寺前810:36)~神明町(10:43)~綾ノ町(10:51)~高須神社(11:06)~大和川(11:15)~我孫子道(11:35)~安立町(ありゅうまち、11:58)~細井川(12:09)~住吉鳥居前(12:19)~住吉(12:21)
<住吉~天王寺駅前>
住吉(12:21)~神ノ木(12:36)~帝塚山四丁目(12:42)~帝塚山三丁目(12:50)~姫松(12:58)~北畠(13:03)~東天下茶屋(13:17)~松虫(13:22)~阿倍野(13:37)~天王寺駅前(13:53)
<住吉~恵美須町> 天王寺駅前14:00 → 住吉14:15
住吉(14:20)~東粉浜(14:26)~塚西(14:36)~東玉出(14:42)~天神ノ森(14:55)~聖天坂(15:07)~北天下茶屋(15:20)~松田町(15:27)~今船(15:38)~今池(15:44)~新今宮駅前(15:54)~恵美須町(16:06)
南海電鉄仕上げなどの旅!!その1(御堂筋線:新大阪~動物園前)後編
投稿日:2025年12月18日
⑤14時4分、一度お邪魔した日本生命本社ビル前を通過。本町駅には14時20分に到着。
※本町駅への路
※本町駅
⑥14時30分、道路の向こうには難波神社があった。14時3分、博労3交差点前を通過。14時34分、とくしま県の店前を通過。御堂筋の沿線の随所で交通統計をとっている人を見かける。遠い昔の大学時代、私もアルバイトで京都御所界隈でとった思い出が登場し懐かしくなった。心斎橋駅には14時40分に到着する。この界隈には大丸(14時42分)があった。
※心斎橋駅への道
※心斎橋駅
⑦14時56分、65歩ある道頓堀橋を渡る。この橋を見て、2年前阪神タイガースの熱狂的なファンが久し振りの阪神優勝を祝って飛び込んだというニュースを思い出した。なんば駅には15時到着。15時5分、近鉄と阪神の難波駅があった。少し歩いた先で南海なんば駅(15時7分)があった。2025年9月、南海本線踏破した際、立ち寄った界隈であったので懐かしくなる。
※道頓堀橋への路
※道頓堀
※なんば駅への路
近鉄・阪神なんば駅、南海なんば駅
※御堂筋線のなんば駅
⑧元町2交差点前を15時16分通過する。15時17分、東横イン前を通過する。今歩いている道路は府道25号線とあった。和歌山65㎞、奈良45㎞の記した標識間を通過。15時26分、大阪中華学校前を通過。大国町駅には15時30分に到着する。
※大国町駅への路
※大国町駅
⑨浪速区戎本町を通過。15時38分、前方にJR線の高架した線路が見える。大阪府立今宮高校前を15時42分通過する。いつの間にか府道26号線となっていた、JR線(大阪環状線)を潜り、府道26号線を左折し、府道43号線に合流する。淡々と歩いた先に、新今宮駅がある南海本線下を潜る。動物園前駅には15時55分に到着する。
※新今宮駅への路
※動物園前駅への路
※動物園前駅
⑩ここから歩いた先に東横インあべの天王寺(16時10分)があった。万歩計は24,343歩とあった、ホテルで汗を流した後、ルシアスビルにある天ぷら海鮮”米福”で本日の祝杯をあげる。充実した一日であった。
※米福酒場で祝杯
南海電鉄仕上げなどの旅!!その1(御堂筋線:新大阪~動物園前)前編
投稿日:2025年12月18日
2025年12月10日(水)快晴、南海電鉄仕上げなどの旅の初日は、大阪メトロ御堂筋線の新大阪駅から動物園駅までの営業キロ10.0㎞に挑戦する。自宅を7時過ぎに出て、田園都市線と横浜線を活用し、新横浜駅まで移動すする。新横浜駅には、8時過ぎに到着。新幹線(8時51分発)までの待ち時間を活用し、自分への励ましから、友人にSMSやSNSを送信する。新大阪までの移動時間が2時間半強あったので、新幹線内でゆっくり寛いで移動ができた。何時もの通り小田原界隈や富士宮界隈の富士山を眺めながらの移動となる。本日は、ホテルまでの移動ではなく、時間を有効活用のため、新大阪駅から動物園前駅界隈にあるホテルまで挑戦する。
※新大阪駅までの移動
※新大阪駅
1971年にヒットした”雨の御堂筋”(欧陽菲菲さん)を思い出しながら、また紅葉を堪能しながら御堂筋線を歩く。本日の各駅舎到着時刻は次の通り。
新大阪(11:40)~西中島南方(11:58)~中津(12:42)~梅田(13:02)~淀屋橋(14:00)~本町(14:20)~心斎橋(14:40)~なんば(15:00~大国町(15:30)~動物園前(15:55)
①新大阪駅界隈は、何度もお世話になった東横イン新大阪中央口本館があるので懐かしくなった。新大阪駅界隈を種々のアングルで撮影して、11時40分、西中島南方駅を目指す。JR線下を潜り、鉄道の右側となる。11時45分、コンフォートホテル大阪があった、その先に何度もお邪魔した東横イン新大阪中央口本館(11時48分)があった。少し行った交差点で右折した先に西中島南方駅(11時58分。地上)があった。
※懐かしい東横インまでの道筋
※西中島南方駅
②12時2分、阪急京都本線の踏切を横切った先に、阪急南方駅があった、12時11分より、万歩計で1,267歩ある新淀川大橋(淀川)を渡る。この橋は、2009年3月東海道本線踏破の際通過した橋で懐かしくなる。この橋に沿って御堂筋線が走っていた。12時27分、暑くなったのでセーターを脱ぐ。今歩いている道路は国道423号線とあった。12時40分、JR線(おおさか東線)下を潜る。その先で私の帽子を見て、私よ少し年配の方から声がかかる。「どこまで歩くのですか。どこから来たのですか」の質問がある。カッシーチラシを手渡し、「神奈川からやって来ました。全国の鉄道沿線をつたい歩きしています。今日は御堂筋線の新大阪から動物園前までを歩きます」と。「大したものですね。70歳を過ぎたお年で健脚とは凄いですね。私は歩くのがやっとでこれから病院に向かうところです。頑張って下さい」と会話しながら、中津駅までご一緒させて頂く。中津駅には12時42分に到着する。お礼を言って、この人と別れる。
※淀川を渡る
※中津駅への路(世間話をしながら歩く)
※中津駅
③12時50分、阪急レール下を潜る。フコク生命時代大阪出張の際、何度も利用させて頂いた阪急空港の乗り場があった。その先に梅田駅(13時2分)があった。この界隈は、加えて高松一高関西桜紫会総会2次会のため何度もお邪魔した地域で懐かしくなった。また、2025年5月、阪神電車踏破の際立ち寄った地域で懐かしくなった。改めて、JR大阪駅、阪急ビル、阪神ビル、そしてフコク生命ビルの位置関係が地上から確認できる。
※梅田駅への路
※梅田駅
④13時3分、JR線下を潜る。右手にはJR大阪駅があった。この界隈は横断歩道はなく、地下で繋がっており、複雑であった。案内所で聞いて、フコク生命ビルや御堂筋を教えて頂く。13時25分、御堂筋と異なる道路に面してフコク生命ビルがあった。阪急ビルが左側にあった。遠くに観覧車が見えて来る。御堂筋線に戻る。13時27分、谷町線の東梅田駅があった。13時47分、梅新南交差点前を通過する。13時50分より、157歩ある大江橋を渡る。大阪市役所前には大阪万博のシンボル”ミャクミャク”があった。13時58分より、120歩ある淀屋橋(土佐堀川)を渡る。淀屋橋駅には14時に到着。後編に続く!!
※地下街を彷徨い地上に出る、フコク生命ビル
※御堂筋を歩き、天然たいやきを頬張る
※大阪市役所への道
※淀屋橋駅

























































































































































































































































