西九州の旅!!その3(夜明~田主丸)後編
投稿日:2026年02月22日
③11時53分、国道210号線に合流する。11時59分、下千足バス停前(西鉄バス)を通過する。12時2分。JR線を跨ぎ鉄道の右側となる。12時5分、2両編成の日田行き列車と対面する。12時10分、久留米まで25km地点に到達する。12時18分、土取バス停前を通過。12時41分より、白壁通りとなる。風情を堪能しながら歩く。12時45分、吉井郵便局前を通過。12時49分、白壁通の看板がある中町バス停前を通過。12時56分より、58歩ある巨瀬川(高橋)を渡る。筑後吉井駅には13時5分に到着する。駅構内にある喫茶店店で20分間位一服する。カッシーチラシを手渡しし、歩く鉄道作家として活動をPRさせて頂く。
※白壁通りへの路
※吉井白壁通りを歩く
※筑後吉井駅への路
※越後吉井駅
※筑後吉井駅構内の喫茶店で小休止
④この喫茶店を13時25分に出発する。13時37分。本の僅かだが水滴を感じる、13時41分、国道210号線に合流する。13時49分、竹重バス停前を通過。13時51分、竹重橋を渡る。13時59分、うきは市から久留米市となる。14時より、93歩ある樋の口橋(巨瀬川)を渡る。14時20分、ビニールハウスが拡がる船越小学校入口前を通過。いつの間にか小雨模様となる。このハウスを見ると、遠い昔両親が経営していた苺農園を思い出し懐かしくなる。14時56分、浮羽工業高前を通過。15時1分より、馬場歩道橋(巨瀬川)を渡る。田主丸中央公園を通過した先で鉄道に沿った道筋に出る。非情にも田主丸15時4分発の列車が通過して行く。田主丸駅には15時10分に到着する。筑後吉井駅での一服が敗因となった。しかし、ここでも駅構内にある喫茶店に立ち寄る機会を得て、これまでの歩き方をPRする機会を得る。ここでも至福のひと時を過ごすことができる。”人生万事塞翁が馬”を強く感じる一日となった。万歩計は36,347歩をマークしていた。
※田主丸駅への路
※田主丸駅
※田主丸駅でも小休止
※ホームからの田主丸駅
⑤田主丸16時9分の列車で久留米まで移動する。久留米には16時35分に到着する。この駅に到着する頃には、本降りの雨となっていた。コンビニ夕で夕食用の食材とアルコールを購入して、汗を流した後、本日の歩きに対し祝杯をあげる。
※ホテルで祝杯
西九州の旅!!その3(夜明~田主丸)前編
投稿日:2026年02月22日
2026年2月14日(土)曇り/雨、西九州の旅の3日目は、久大本線の夜明駅から田主丸駅までの営業キロ18.3㎞に挑戦する。本日は、昨日と一転し、朝のダイヤも7時41分、歩く営業キロも18.3㎞と20km未満で心身共に楽な数字であった。正に、九ヶ条からなる”こだわり鉄道つたい歩き”の第5条(先憂後楽の考え方)がピッタリの一日であった。それ故、ホテルでゆっくり朝食をとり臨むことができた。また、枕を高くして就寝することができた。7時41分発の2両編の車両で2番ホームではなく1番ホームであった。注意散漫の精神状態では誤るところであった。ホームにある掲示板を見て助かった。この列車は、鳥栖駅始発であった。久留米始発は2番ホーム、博多や鳥栖が始発の場合は、1番ホームとなっていた。ホームの構造から理解できた。今日は、車窓から風景を眺めながらの移動となった。善導寺駅、うきは駅で上下列車の離合があった。筑後大石から夜明にかけて山間となり、また三隈川や筑後川が絡み、線路と幹線道路とが大きく乖離しており、歩くのに負荷を要すと察知できた。
※いざ夜明駅へ
※夜明駅
本日の各駅舎立ち寄り時刻は、次の通り。
夜明(8:45)~筑後大石(10:39)~うきは(11:46)~筑後吉井(13:05)~田主丸(15:10)
①夜明駅で駅ノートにメモをする。ナビで何度も点検して臨む。それは、三隈川を渡り国道210号線を歩くか、この川を渡らず国道286号線を歩くかの選択である。線路沿いの歩きを優先し、後者を選択する。結果大成功であった。8時55分、三隈川に流れ込む61歩ある大朏川(大朏橋)を渡る。その先に夜明三差路交差点があった。この交差点を右に行けば、日田彦山線への道筋が繋がっていた。左手は久留米方面、直進は福岡・甘木方面とあった。福岡方面の道筋を選択する。左手には三隈川が流れていた。川の向こう岸には国道210号線が続いていた。右手の山間には久大本線の線路が続いていた。9時17分、民家があった。9時20分、福岡56㎞。甘木23㎞と記した標識前を通過する。9時36分、夜明ダムがあった。9時40分より、135㎞ある新櫛崎トンネルを通過する。9時46分、とうふの飛太郎前を通過。
※夜明ダムへの路
※怖い橋への路
※怖い橋を渡る
暫く歩くと鉄橋が見えてくる。しかし、ナビにある筑後川を渡る橋がなく、右往左往する。辺りをよく観察すると、幅2m位の板橋が、向こう岸に向かって50m位続いていた。この橋は、川の水面から30cm位の高さにあった。水位が増えると川の中になるような橋であった、それ故、橋が流されないよう、橋の入口をロープで強化していた。身震いしながらこの橋を渡る。このような体験は、これまでの歩きで初体験であった。本来であれば、夜明ダムの近くの道筋が王道であった。ナビの道筋を優先したため、このような危険な道筋となった。胸を撫で下す。10時2分、畑中踏切を横切り、鉄道の右側となる。10時5分、県道749号線に合流する。10時33分、天満宮前で本日の安全を祈願する。筑後大石駅には10時39分に到着する。この駅には、大分県と福岡圏の県境が判明しない内に福岡県に入る。類推だが筑後川で県境があったと察知する。
※怖い橋を渡り終え、畑中踏切を横切る
※筑後大石駅への路
※筑後大石駅
②10時52分、県道749号線から県道52号線に方向転換する。11時10分。左手には田んぼがあった。11時13分、31歩ある松本橋(井延川)を渡る。11時26分、18歩ある今川橋(隈上川)を渡る。11時31分、今歩いている道路は国道210号線とあった。11時38分、国道210号線を右折し、路地歩きとなる。うきは駅には11時46分に到着する。
※うきは駅への路
※うきは駅
西九州の旅!!その2(天ケ瀬~夜明)後編
投稿日:2026年02月21日
③11時34分、路地を歩く。11時41分、三芳小学校前を通過。11時41分、幹線道路に合流する。11時52分。シャトレーゼがあった。11時54分、フコク生命前を通過する。12時ルートインがあった。この界隈で”恋は水色”のメロディーを耳にする。日田駅には12時5分に到着する。この駅前は、賑やかであった。駅前をいろなアングルで撮影する。この駅には日田彦山線BRT(日田~添田:37.7㎞)があった。BRTとはバス高速システムとあった。機会があれば、この路線にも挑戦したいという心境になる。
※路地歩きを楽しむ
※幹線道路に合流、シャトレーゼ
※お世話になったフコク生命
※日田駅近し
※日田駅
④12時19分、ことぶき通りを歩く。12時22分、マフラーを外す。12時27分、上着を脱ぐ。12時36分、福岡65㎞、久留米43㎞と記した標識間を通過。12時49分より、131歩ある光岡橋(花月川)を渡る。12時54分、寺の前踏切を横切り、鉄道の右側となる。光岡駅(てるおか)には12時58分に到着する。
※ことぶき通りを歩く
※光岡橋、寺の前踏切
※光岡駅
⑤13時18分、日田中央青果水産前を通過。13時25分より、60歩ある第二星隈橋(二串川)を渡る。13時27分、JR線下を潜り、鉄道の左側となる。左手には三隈川が流れていた。13時55分、幹線道路に合流する。これから、左手に三隈川、右手にJR線がある道筋を歩く。山道を淡々と歩く。夜明駅には14時31分に到着する。
※夜明駅への路
※夜明駅
⑥運よく、14時40分発の久留米行きに乗車できる。万歩計は43,116歩をマークしていた。ホテルには15時56分に到着する。汗を流した後、駅構内にあるラーメン屋に立ち寄り、本日の疲れを癒す。今回の旅を振り返り、本日の行程が、今回の旅で最も厳しい区間であった痛感する
※久留米駅、久留米ステーションホテル
※満で祝杯
(^^♪・・・・(^^♪・・・・・
アクチュアリーの友人今治久昇様から心温まるメッセージを頂きました。ご紹介します。
久大本線仕上げ・佐世保線踏破 おめでとうございます!
〇ブログを拝見していると、AIでまとめを引き出すスキルも達人の域です。これも四半世紀にわたる実績があるからですが。
〇一人旅で本数が少ない路線の朝寝坊厳禁の始発乗車のプレッシャーは相当なもの。同感です。
〇ナビなどを駆使し周到に準備しても、未知の地では限界がありますね。拝見しての感想です。
〇「恋は水色」は各地の自治体の防災行政無線のチャイム代わりの音楽として、よく使われていることが検索して分かりました。
西九州の旅!!その2(天ケ瀬~夜明)前編
投稿日:2026年02月21日
2026年2月13日(金)快晴、西九州の旅の2日目は、久大本線の天ケ瀬駅から夜明駅までの営業キロ20.4㎞に挑戦する。各駅停車での天ケ瀬駅までの移動は、久留米発6時11発の大分行きしかなく、寝坊しないよう用心深く就寝を余儀なくされる。それ故、気持ちが高ぶり、深夜2時を過ぎても寝ることができず。2015年6月の宗谷本線の旅を思い出した。あの時は南稚内発が5時22分であった。この時間帯に比べれば、50分遅いが、精神的には同じような状況でプレッシャーを強く感じた。このプレッシャーをゆるめるため、万一寝坊した場合には、久留米発8時25分の特急ゆぶ1号で移動すればいいと開き直る。この決断が功を奏し浅い睡眠であったが、2時間程寝ることができ安堵する。4時過ぎに起床し、昨日コンビニで購入したおむすびを頬張り、5時50分頃ホテルを出る。辺りは暗闇であった。2番ホームには2両編成の非電化車両が停車していた。田主丸駅と夜明駅で上り列車と離合がある。夜明駅辺りで少し辺りが明るくなる。
※久留米駅から天ケ瀬駅へ
※天ケ瀬駅(足湯あり)
本日の各駅舎立ち寄り時刻は、次の通り。
天ケ瀬(7:39)~豊後中川(9:12)~豊後三芳(ぶんごみよし、11:26)~日田(ひた、12:05)~光岡(てるおか、12:58)~夜明(14:31)
①1年前の天ケ瀬駅を思い出し懐かしくなる。駅前に暫く立ち止まり、種々のアングルで撮影後、豊後中川駅を目指す。7時45分、15m位ある階段を上り国道210号線に合流する。7時50分、久留米58㎞、日田16㎞と記した標識前を通過。7時52分、JR線下を潜り、鉄道の左側となる。7時58分、久留米東櫛原まで56㎞地点前を通過。8時より、244歩ある湯山橋(玖珠川)を渡る。これから、玖珠川に沿って歩く。8時6分、久留米まで55.5㎞地点を通過。8時12分、神の釣バス停(日田バス)前を通過。8時21分より、やまのつる橋(418歩)を渡る。川を渡ると、8時25分より、228歩ある池ノ原トンネルを通過する。8時28分、JR線を跨ぎ、鉄道の右側となる。2両編成の各駅停車車両が久留米方面に向かって通過して行く。橋を渡り、玖珠川ぎ右手となる。8時38分、JR線下を潜り、線路の左側となる。8時46分、久留米まで53㎞地点を通過。8時56分、JR線下を潜り、鉄道の右側となる。9時2分、下り釣バス停前を通過。豊後中川駅には9時12分に到着する。
※日田駅まで16㎞
※天ケ瀬郵便局、久留米東櫛原まで55.5㎞(印象に残る表示:555)
※玖珠川沿いを歩く
※豊後中川駅
②9時19分、久留米52㎞、日田10㎞と記した標識前を通過。9時21分、久留米まで51㎞地点で、大分方面に向けて特急が通過して行く。9時26分より、190歩あるしんごうた橋を渡る。左手にはJR線のトンネルがあった。9時30分、下矢瀬バス停前を通過。9時34分より、95歩ある塩井第二洞門を通過する。引き続き、9時36分より、137歩ある塩井第一洞門を通過する。この洞門の中で久留米まで50㎞地点(9時38分)があった。9時41分、塩井バス停前を通過。9時42分、JR線下を潜り、鉄道の左側となる。9時44分、JR線下を潜り、右側となる。9時47分より、さかい橋(389歩)を渡る。9時53分、川原バス停前を通過。10時6分、獺野尾バス停前(たつのお)を通過。この界隈で犬の歓迎を受ける。10時10分、青空市場前を通過。10時12分より、榎釣橋(258歩)を渡る。この地点で久留米まで48㎞とあった。玖珠川が左手にあった。10時17分、榎釣バス停前を通過。10時24分、JR線下を潜り。鉄道の左側となる。10時30分、天瀬町金場で久留米まで47㎞地点に到達する。10時39分、女子畑発電所バス停前を通過。10時45分、上小ヶ瀬という地名で大分方面に向けて特急が通過して行く。10時49分より、81歩ある小ヶ瀬トンネルを通過する。11時3分、八神宮前で本日の安全を祈願する。その先で国道210号線から分岐する国道386号線に方向転換する。11時12分、この辺りの地名は日高町とあった。豊後三芳駅には11時26分に到着する。後編に続く!!
※下矢瀬バス停までの路
※印象に残る山までの路
※八神宮迄の路
※豊後三芳駅
西九州の旅!!その1(友人との再会)
投稿日:2026年02月21日
2026年2月12日(木)晴れ、西九州の旅の1日目は、神奈川から久留米まで移動し、ホテル界隈にある梅林寺境内を散策後、ホテルに戻り、本年5月福岡地区開催の第12回数物同窓会の骨子を打ち合わせる。
※羽田空港
※雪化粧の富士山は最高でした
※福岡空港近し
※JR久留米駅
※久留米ステーションホテル
<梅林寺境内散策>
その後、17時過ぎにホテル界隈にある”梅の花”まで移動し、1年振りに旧交を温める。あっと間に楽しいひと時が過ぎ去る。5月下旬の第12回数物同窓会での再会を誓ってお開きとなる。改めて友はいものであると再認識する。
<梅の花で懇親会>






































































































































































