南九州の旅!!その5(霧島神宮~加治木)前編

投稿日:2022年03月01日

2022年2月21日(月)晴れ、南九州の旅の5日目は、日豊本線の霧島神宮駅から加治木駅までの営業キロ22.2㎞に挑戦する。当初は、北永野田駅から隼人駅までの21.3㎞を予定していたが、昨日の歩きで、北永野田駅から霧島神宮駅までを前倒ししたため、本日の行程となった。結果、大成功。

※リュックを背負い、都城グリーンホテルを後にする

※都城駅、きりしま1号

どうしでも、最近国宝に指定された霧島神宮を是非参拝し、将来の夢の実現や色な悩み事の払拭などを祈願したかった。加えて、集印帖に御朱印を賜りたかった。運よく、開門したばかりの事務所で、それが実現できて感謝感激。一方、この神宮は、遠い昔高校の修学旅行以来であったので懐かしくなった。

※霧島神宮駅、霧島神宮への階段、霧島神宮

本日は、ホテルでの朝食はパスして臨む。運よく、都城発6時41分発の特急「きりしま1号」に間に合う。霧島神宮駅には、7時15分到着。下車したのは、私1名であった。駅前に1台タクシーが停車していた。このタクシーを活用することにする。

※霧島神宮

※霧島神宮

霧島神宮駅から霧島神宮まで片道で6㎞位ある。徒歩では鉄道つたい歩きのスケジュールが大幅に狂うので、往復タクシー利用(片道15分位)による参拝とした。偶然にも私と同い年の運転手さん(増田氏)と知り合う。この運転手さんに、参拝が終了するまで(約20分)待機してもらう。世間話をしながら、道中を楽しむことができる。また、霧島神宮から国分駅までお概ねの道筋を教えて頂く。この運転手の出身地が本日終着駅の加治木とのことでビックリ。”世の中は実に不思議なものだ”と、また”何事も早め早めのアクションが大切だ”と痛感した瞬間であった。

※お世話になりました増田さん!!

※霧島神宮駅

霧島神宮参拝後、本日の各駅舎到着時刻は次の通り。

霧島神宮(8:08)〜国分(11:46)〜隼人(13:36)〜加治木(15:54)

①今回の旅で最も長い区間(12.7㎞)である国分駅を目指す。しかし、私が歩いた中でも最も長い区間は、2015年6月26日(金)、宗谷本線の佐久駅から筬島(おさしま)駅までの営業キロ18㎞であろう。その次に長いのは、2019年6月5日(水)、北陸本線の敦賀駅から南今庄駅までの営業キロ16.6㎞であろう。それに比べば驚くべき営業キロではなった。しかし、歩いても歩いても国分駅は遠かったのは実感した。

※県道60号線、県道475線、県道60号線(JR線を跨ぐ)

霧島神宮駅前の街並みを暫く歩くと県道60号線(国分霧島線)にぶつかる。県道60号線を進む。8時35分、大窪南バス停前を通過。8時46分、JR線を跨ぐ分岐点で県道60号線に進むべきか、右折して県道475号線に進むべきか迷う。辺りには誰も人はいない。よく見ると、国分は県道60号線と小さな標識を見つけ県道60号線を選択する。日豊本線と大きく離れる箇所もあり、依然不安は払拭できなかった。急遽、”鹿児島おはら節”を思い出し、この民謡を口ずさみながら、ひたすら山を下る。「花は霧島、たばこは国分、燃えてあがるはオハラハー桜島」正に、今歩いている場面にぴったりの民謡であった。

途中、霧島市役所行きの路線バスが通過して行く。これで誤った方向には進行していないと自信を深める。

※疑心暗鬼で県道60号線を進む

9時、霧島峠を通過。9時43分、北永野田駅や大隅大川原駅へ繋がる県道2号線路があった。9時45分、入戸バス停前を通過。9時57分、関の坂4号橋から遠くに桜島を見つける。感動した光景であったので、何人かの友人に感動を発信する。ここから、桜島を見ながら、国分駅を目指す。10時38分、万歩計で72歩ある手篭川を渡る。11時2分、102歩ある新町橋(郡田川)を渡る。国分新町には11時11分到着。ここから国分駅はまだまだであった。

※山間から桜島と霧島市内が見えて来る

※路線バスが停車、国分中前、大学前(第一工科大学前)

11時13分、あかつき認定こども園前を通過。11時22分、第一工科大学前を通過。そして、坂を上り下ると街並みとなる。国分駅には11時46分到着。国分駅は、霧島市の中心にあり、鹿児島市に次いで人口が多い市であり、駅界隈は賑やかであった。この駅で、2000年5月3日(水)から始めたウォーキングが、国分駅で1万3千キロを突破する。国分と聞いて、昔フコク生命時代一緒に汗をかき遊んだ国分正雄氏を思い出した。また、国分性は祖母の実家であり、”人生とは不思議なものですね”を強く感じた瞬間であった。後編に続く!!

※若宮神社、国分駅交差点

※国分駅

南九州の旅!!その4(霧島神宮~都城)後編

投稿日:2022年02月28日

④教えてもらった路筋を歩いた先に、閉山田踏切(とじやまだ、12時58分)があった。13時15分。都城10㎞、財部3㎞と記した道路標識前を通過。この辺りから、山間から平原の歩きとなる。

※県道2号線への路、閉山田下踏切、閉山バス停

13時21分、閉山バス停(鹿児島交通)があった、13時48分、道路から少し上った先にある財部小学校前を通過。13時55分、財部駅に到達。この駅の界隈は賑やかであった。駅舎には食事処があった。しかし、到着時間が遅かったため閉店のなっていた。14時11分、万歩計で68歩ある前川橋(横市川)を渡る。その先、”さん吉うどん”を見つけたので遅いランチとする。ランチをとりながら、”全国鉄道つたい歩き”に関し、話す機会を得たのでPRさせて頂く。15分位、休息を取り、この店を後にする。店を出る際、「鹿児島県と宮崎県の県境」について教えてもらう。「セブンイレブンがある道路が県境」とのことであった。県境は通常川の中央や山の峠が多いが、ここの県境は道路であった。

※財部小学校、財部駅

※県境の駅”財部駅”

※うどんさん吉

⑤数分歩いた先で、15時6分、鹿児島県曽於市から宮崎県都城市となる。こ道路に沿って、店や民家が切れ目なく広がっていた。セブンイレブン前のバス停名は、”県境”とあった。この界隈でボールペンをロストする。また、地図は、北俣駅界隈でロストする。それ故、ボールペン購入のため、コンビニを探す。道なりに歩いた先に、五十市駅があったが、大型スーパー(ニシムタ)から駅に繋がる道筋はなく、後戻りを余儀なくなれる。大回りとなったが、大型スーパーに100円ショップがあり、運よくボールペンを購入できる。

※粋な茶販売屋号”雪舟園”、鹿児島県曽於市、宮崎県都城市

※粋なバス停名”県境”、向うに五十市駅が見えるが行けず、久保原上踏切まで後戻り

※五十市駅

15時50分、500m位引き返し先に久保原上踏切がある。この踏切を横切って、鉄道の左側となる。道なりに歩いた先に五十市駅(15時55分)があった。20分位ロスタイムとなる。

※五十市駅

⑥16時、五十市中学校前を通過。16時15分、城山上踏切を横切り鉄道の右側となる。16時28分、万歩計で246歩ある歌舞伎橋(大淀川)を渡る。この橋を渡ると、西都城の街並みが広がる。

※西都城駅への路

地図をロストしたこともあり、ここから西都城駅の到着に苦労する。地元に人に聞きながら、市街地をくねくねと歩く。16時53分、都城市役所があった。16時58分、裁判所前を通過。西都城駅はここから簡単と思ったが、意外にややこしかった。17時7分、右往左往してやっとのことで西都城駅に到着する。駅に隣接して宮崎交通ビルもあった。もしかすると、都城駅界隈よりも西都城駅界隈の方が、行政機関がある分、賑やかも知れない。

※都城市役所、裁判所、西都城駅

西都城駅

※西都城駅前、宮崎交通

※西都城駅構内、列車文庫

⑦17時22分、大王橋(年見川)を渡る。17時32分、小松原地区公民館前を通過。やがてアパホテルや都城グリーンホテルが遠くに見えて来る。道なりに歩いた先に、ホテルから見えるガストがあった。その先に先日夕食をとった”COCO’S”があった。そして、暫く歩いた先に都城駅(17時48分)があった。

※都城駅への路

※ガストが見えて来る、都城駅

※都城駅、都城グリーンホテル

⑧ホテルには17時58分到着。18時より、大河ドラマ”鎌倉殿の13人”と”雲霧仁左衛門”を見てから、コンビニで祝杯するネタを購入。そして、大浴場で本日の疲れを癒し、部屋でテレビを見ながら祝杯をあげる。寂しい限りであるが、コロナ禍の影響で大半の店は閉店だし、アルコールはNGなので。辛抱の都城3泊であった。いい思い出になった。明日から鹿児島入り、どのようなロマンが待っているか楽しみである。

 

南九州の旅!!その4(霧島神宮~都城)前編

投稿日:2022年02月28日

2022年2月20日(日)晴れ、南九州の旅の4日目は、日豊本線の霧島神宮駅から都城駅までの営業キロ29.5㎞に挑戦する。今回の旅で、最長の歩きとなった。当初は北永野田駅から都城駅までの23.5㎞を考えていたが、明日以降の歩きの軽減と明日霧島神宮の参拝をするため、霧島神宮駅から北永野田駅までの区間(6㎞)を前倒しにすることにした。本日のコースは、最長の区間ではあるが、リュックを背負わずに臨めるし、概ね鉄道と幹線道路が並走していたので、距離の割には楽なコースと考え、変更に踏み切った。

※朝ホテルで朝食をとり、いざ霧島神宮駅へ

※都城駅、鹿児島中央行き

車窓から本日の道筋を確認しながら霧島神宮駅まで移動する。山間が続く中、所々で本日歩く道筋が登場する。各駅舎の到着時刻は次の通り。

※日曜日のため車内はがらがら、車窓からの五十市駅と北俣駅

霧島神宮(7:45)~北永野田(9:43)〜大隅大川原(11:16)〜北俣(12:46)〜財部(13:55)〜五十市(15:55)〜西都城(17:07)〜都城(17:48)

①霧島神宮駅前でタクシーが1台停車していた。明日、霧島神宮参拝の際利用させてもらうことにした。霧島神宮駅前を種々のアングルで撮影後、北永野田駅に向けてスタートする。7時59分、湯之宮バス停(ふれあいバス)前を通過。8時20分、霧島平成橋(手篭川)を渡る。あじさいロードを下る。8時43分、県道2号線(都城隼人線)に合流する。山肌を見ながら進む。9時32分、永木峠橋を渡る。9時35分、県道2号線と北永野田駅へ案内がある県道471号線の分岐点に到達。県道471号線を下った先に北永野田駅(9時43分)があった。駅前には民家はなく、ひっそりした駅舎であった。

※霧島神宮駅までの乗車券、霧島神宮駅

※霧島神宮駅(霧島神宮はここから6㎞位)

※湯之宮バス停前

※霧島平成橋

※あじさいロードから県道2号線に出る

※県道471号線分岐点までの路

※北永野田駅への路、北永野田駅

※北永野田駅

※北永野田駅

②北永野田駅から大隅大川原駅への路はなしと考え、再度471号線を引き返し、9時53分県道2号線に戻る。9時58分、霧島市から曽於市となる。10時7分、右手にJR線が見え安堵する。10時23分、都城21㎞、財部(たからべ)13㎞と記した道路標識前(吉ヶ谷)を通過。近くに吉ヶ谷公民館前バス停(鹿児島交通)があった。10時54分、JR線下を潜り鉄道の右側となる。段々と民家が密集して来る。11時16分、大隅大川原駅に到着。駅舎には沢山の野菜を中心とする絵があった。この界隈には茶畑が多々あった。先日テレビをつけたら、「お茶日本一の都道府県はどこか」のクイズ番組があった。答えは、鹿児島県が静岡県を抜いて日本一で、今回の旅を通じ納得した。

※霧島市から曽於市(そお)へ、橋梁を潜る、大隅大川原駅への路

※大隅大川原駅

※大隅大川原駅

※大隅大川原駅

➂11時31分、財部町大川原(県道2号線)とある道路標識前を通過。近くには茶畑が広がっていた。11時46分、財部町馬水を通過。11時55分、正部バス停(鹿児島交通)を通過。12時31分、財部町刈原田とある標識前を通過。12時40分、刈原田跨線橋を渡り鉄道の右側となる。その先で、北俣バス停を発見。ガードレールがある草路をかき分け、坂を下り、ホームより北俣駅(12時46分)へ。陸橋を渡り、北俣駅舎をデジカメに収める。この駅前もひっそりしていた。100m位歩いた先に、作業をしている住人がいたので、「ここから財部駅方面には抜けられます」とお伺いする。「道なりに歩くと県道2号線に出られます」と教えて頂く。後編に続く!!

※茶畑

※北俣駅への路(肌寒し)

※この坂下ると北俣駅、北俣駅

※北俣駅

南九州の旅!!その3(青井岳~都城)

投稿日:2022年02月27日

2022年2月19日(土)曇り/小雨、南九州の旅の三日目は、日豊本線の青井岳駅から都城駅までの営業キロ20.6㎞に挑戦する。ホテルで朝食をとり、昨日ウォーキングを開始した青井岳駅まで向かう。歩き当初、昨日に比べ肌寒かった。

※青井岳駅への乗車券、青井岳駅

※青井岳駅時刻表

※青井岳駅、青井岳駅界隈のコンビ二、山之口駅への路

本日の各駅舎到着時刻は、次の通り。本日のコースはネットで勉強して臨む。

青井岳(8:05)〜山之口(11:08)〜餅原(12:33)~三股(14:10)〜都城 (15:28)

①本日は宮崎駅ではなく、都城駅から青井岳駅まで移動する。本日は青井岳駅での離合はなかった。8時5分、国道269号線に出る前は、昨日と同様な道筋を歩く。8時11分、国道269号線に合流する交差点からは昨日の反対方向に進む。この交差点界隈にはコンビニがあった。昨日に比べ民家が沿線に沿って所々にあった。坂道を下る。8時20分、五十山6号橋を通過。山道を淡々と下る。8時41分、都城まで22㎞地点に到達。9時18分、道の駅山之口があった。9時48分、日当瀬橋(ひなせ)を渡る。9時59分、都城まで17㎞地点(山之口町五反田)を通過。10時18分、山之口側道橋(東岳川)を渡る。10時48分、高速道路下を通過。この辺りから平坦な地となり、民家などが沿線に沿って多くなる。11時8分、山之口駅に到着。

※道の駅山之口、日当瀬橋、梅並木

※山之口駅

②餅原駅への路は、多少なりともネットでの学習効果が発揮されたような気がする。11時8分、JR線を潜り、鉄道の右側となる。国道269号線を少し歩いた先で、JR線に少しでも近づくため、農道に道筋を変える。11時29分、万歩計で234歩ある馬越橋(花の木川)を渡り、JR線に沿って歩く。途中、やきいもや苺を販売する店があった。T字交差点に出て、飯起橋界隈で右往左往する。一度は国道に出た先に飯起バス停(11時48分)があった。この交差点は、事前勉強した地名。この交差点からJR線に近づく段取りであった。それ故、自分のミスに気付き、先程の道筋を引き返す。15分位ロスタイムが生じる。T字交差点からはJR線に沿って道路は続いていた。ここからは学習効果が上手く作用する。12時9分、53歩ある冨吉川を渡る。12時15分、唐上橋を渡る。12時33分、餅原(もちばる)駅に到着。丁度、宮崎行きの電車がやって来る。雑木林に沿って駅舎があった。この駅界隈で薄日となる。

※JR線を潜る、沓掛バス停

※国道から農道へ、苺ハウス(両親の苺栽培を思い出す)、誤って飯起交差点へ

※飯起橋、唐上橋界隈

※餅原駅

➂暫く鉄道に沿って歩く。12時58分、行き止まりとなる。1㎞位引き返す。ここでも15分位ロスタイムが生じる。13時3分、誤ってスタートした地点まで戻る。前方に山があるため、大きく迂回し、この山を越える道筋となる。13時16分、国道269号線に合流する。13時30分、万歩計で318歩ある岩下橋側道橋(沖水川)を渡る。ここから三股駅は意外に遠かった。何人もの地元の人に聞きながら進む。13時59分、JR線を跨ぎ鉄道の左側となる。近くに三股駅は見えるが、複雑な住宅街が介在したため、くねくねと方向転換しながら、やっと14時10分、三股駅に到着する。

※行き止まりに向かって進行、正面が引き返す原点、三股駅への路

※岩下橋側道橋(沖水川)、JR線を跨ぐか否か右往左往する、決断の結果、JR線を跨ぐ

※三股駅

④都城駅への道筋は一本路であった。しかし、途中で、小雨模様から雨となったこともあり都城駅は遠かった。14時54分、早水バス停前を通過。15時10分、年見バス停前を通過。15時23分、栄町バス停前を通過。やっと都城駅には15時28分到着。

※早水バス停、栄町バス停、遠くに都城駅

※都城駅

⑤ホテルでゆっくり湯に浸かった後、コンビニでアルコールなどを買い物し、ホテルでテレビを見ながら祝杯をあげる。本日も充実した一日であった。

※都城グリーンホテル、ホテル4階からの眺め、テレビで楽しむ

南九州の旅!!その2(青井岳〜南宮崎)後編

投稿日:2022年02月27日

➂11時54分、見頃な”しだれ梅”があったので、何人かの友人にSMSで発信する。11時58分、清武町沓掛標識前を通過。12時8分、高速道路下を潜る。12時23分、宮崎まで9㎞と記した道路標識(清武町大久保)前を通過。12時41分、正手橋高速道路を跨ぐ。その先で鉄道が左手にあるところを右手の方向にあると勘違いし道に迷い、20分位ロスタイムが生じる。

※日向沓掛駅入口界隈の梅

※宮崎県清武町、高速道路下潜る、宮崎まで9㎞地点(清武町大久保)

※正手橋、清武市街への案内板、軌道修正への路

※清武駅

※清武駅

念のため、自転車に乗った住人に道筋を聞いたのがラッキーであった。聞いてなければ、どんどん誤った方向に進行するところであった。今でも、残念ながらどこで鉄道が右手側から左手側になったのかは不明のままである。また、歩いて暫くは宮崎方面と反対方向に歩いているような状態であった。地元の人の数人の応援を得てやっとリカバーできる。清武駅には13時12分到着する。この駅は、今回の旅で唯一、自分をミステリーゾーンに突入させる駅舎となった。すなわち、遠回りをしたが、ウォーキングの醍醐味を堪能する区間となった。

※清武川、加納小学校入口

④13時28分、万歩計で278歩ある新清武橋(清武川)を渡る。13時40分、高速道路下を潜る。13時58分、18mあるクスノキ前(加納小学校跡地)を通過。2022年2月12日(土)、小田急線江ノ島線の高座渋谷駅界隈の樹齢100年のクスノキ(高座渋谷小学校跡地)を思い出した。その先で八重川を渡り、飫肥街道(おび)踏切を横切り、鉄道の右側を歩いた先に加納駅(14時17分)があった。この駅も地元の人の応援を得て、やっと辿り着くことができた。この駅も地図(レールウエイマップル)の読み方に苦労した駅となった。

※加納小学校跡地、18mのクスノキ

※南加納バス停、飫肥街道踏切、加納駅

※加納駅

⑤南宮崎駅への道筋は、鉄道に沿って暫く歩く。14時32分、ため池にぶつかり、このため池を1周する道筋となる。一周した先に宮崎南小学校があった。ここから、暫く路地歩きとなる。14時50分、南富士踏切を横切り、鉄道の左側となる。14時55分、118歩ある八重川を渡る。ここから南宮崎の街並みとなる。15時2分、園田橋手前で懐かしいフコク生命たばこ看板前を通過。昨年9月末から通っているホリディスポーツクラブと同じジムがあった。15時18分、やっとヤシ並木が印象的な南宮崎駅に到着する。駅前には沢山の観光バスが停車していた。この駅も宮崎駅の同様、2年前に踏破した駅なので懐かしくなる。駅舎の1階には2年前に食事をした店もあった。

※南宮崎駅への路、ため池、宮崎南小学校

※南宮崎駅への路、南富士踏切、八重川

※園田橋、かつてのフコク生命たばこ看板(入社当時を思い出す)

※ホリディスポーツクラブ、南宮崎駅

※南宮崎駅

⑥ラッキーにも、2分の待ち合わせで15時20分行きの宮崎行きに乗車できる。そして、東横インで忘れ物をもらい、15時35分発の吉松行きに乗車できる。天や神のご加護を強く感じた瞬間であった。都城駅には17時3分到着。宮崎県はコロナ禍の影響で、大半の店が閉店していた。無論、アルコールもNGであった。ココスというファミリーレストランで夕食をとり、都城グリーンホテルで祝杯をあげ、本日は閉幕となる。

※南宮崎駅、宮崎駅、都城駅

※都城駅

※都城グリーンホテル

※ココスで夕食

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