近鉄・名鉄の旅!!その5(近鉄四日市~桑名)後編
投稿日:2026年01月27日
⑥12時24分、踏切道川越宮洲原第5号を横切り、鉄道の右側となる。12時29分、川越南小学校を通過。12時35分より、171歩ある朝明川(睦橋、むつみ)を渡る。道路から15m位ある急な階段を降りる。その先に川越北小学校があった。くねくねした路地をナビを見ながら歩く。椿がある通りの先に川越自動車学校(11時50分)があった。ここから少し歩いた先で、11時52分、国道11号線に合流する。12時54分、川越町から朝日町となる。12時57分、国道1号線と国道23号線の交差点に到着。12時59分、KS(ケーズデンキ)前を通過、13時4分、餃子の王将がある角を曲がり、伊勢朝日駅を目指す。伊勢朝日駅には13時17分に到着する。上り、下りのホームが別々にあった。13時20分、この駅で暑くなったので、セーターを脱ぐ。
※餃子の王将までの路
※伊勢朝日駅
⑦三十三銀行前を通過。13時30分、今歩いている道は東海道(みえ歴史街道)とあった。13時36分、桜並木がある国道1号線に合流する。13時39分、町屋橋(員弁川。いなべ)を渡る。この界隈で日本橋から389.4㎞とあった。13時47分、朝日町から桑名市となる。13時54分、国道258号線下を潜る。13時58分、国道安永バス停前を通過。14時1分、日本橋から384㎞地点を通過。14時2分、安永二交差点から鉄道に近づく歩きとする。14時8分、椿一杯の通りを歩く。この界隈関西本線と近鉄線が並走する。14時16分、線路が目の前にあった。JR線の員弁街道踏切と近鉄踏切を横切る。その先に益生駅(ますお、14時27分)があった。駅前に益生バス停(八風バス)があった。
※員弁川への路
※益生駅への路
※益生駅
⑧14時31分、JR線と近鉄の踏切を横切り、鉄道の右側となる。この界隈は、JR線は単線であった。14時35分、三岐鉄道下を潜る。14時36分、JR線において桑名方面に向けて列車が通過して行く。14時45分、三岐鉄道の踏切を横切る。この界隈は、幹線道路の近くから三岐線・JR線・近鉄線が並走していた。線路の幅もそれぞれ異なっていた。線路幅は近鉄線>JR線>三岐線の関係にあった。14時52分、三岐鉄道の西桑名駅があった。桑名駅には14時58分に到着する。万歩計は31,767歩となっていた。この駅には、近鉄線の他に、JR線、養老鉄道(元近鉄)が合流していた。伊勢ノ国食堂”しちり”で名物の「はまぐりラーメン」を頂く。2013年7月の第50回わいわい会(高松一高同窓の歩き会)で桑名はまぐりプラザではまぐりを食べたことを思い出し、懐かしくなる。
※三岐鉄道西桑名駅への路
※桑名駅
※伊瀬ノ国食堂しおり
※桑名駅
⑨15時23分の名古屋行の電車で名古屋駅まで移動する。何度も歩いた道筋を歩き、東横イン名古屋駅桜通口本館には16時14分に到着。大相撲とNHK大河ドラマを観戦し、汗を流した後、コンビニで乾杯用の食材を購入してささやかな祝杯をあげる。充実した一日であった。
※名古屋駅
※東横イン名古屋桜通口本館への路
近鉄・名鉄の旅!!その5(近鉄四日市~桑名)前編
投稿日:2026年01月27日
2026年1月18日(日)快晴、近鉄・名鉄の旅の5日目は名古屋線の近鉄四日市駅から桑名駅までの13.2㎞に挑戦する。重いリュックを背負うので今回の旅で初日に次いで2番目の短い営業キロとした。しかし、本日は、三滝川・河蔵川・朝明川・員井川など沢山の川が道中に登場し、相当の迂回を余儀なくされ、実質的には20㎞位の歩きを余儀なくされるだろうと覚悟して臨む。朝ホテルでゆっくり食事をして、8時40分頃チェックアウト。そして、8時45分、近鉄四日市駅に立ち寄った後、昨夜お邪魔した1番商店街をカメラに収め、川原町駅を目指す。風冷たし。
※チェックアウト
※お世話になった飲み屋
※近鉄四日市駅からいざ桑名駅へ
本日の各駅舎立ち寄り時刻は次の通り。
近鉄四日市(8:45)~川原町(9:14)~阿倉川(10:00)~霞ヶ浦(10:36)~近鉄富田(11:20)~川越富洲原(12:09)~伊勢朝日(13:17)~益生(14:17)~桑名(14:58)
①8時53分、柳通りを通り、国道1号線に8時58分合流する。8時59分、元町バス停前(三重交通)を通過。9時5分より、155歩ある三滝川(四日市橋)を渡る。またしてもファミリーマートがあった。川原町駅には9時14分に到着する。
※国道1号線までの路
※四日市橋への路
※川原町駅への路
※川原町駅
②9時16分、滝川公園があった。9時23分、萬古神社で本日の安全を祈願する。この神社前に、ばんこの里会館があったので立ち寄り、10分位、館内にある作品(陶芸工房、ばんこ焼)を鑑賞させて頂く。特に、玄関先に展示されていた福助が強く印象に乗った。それは、2011年8月、尾道商業会館所記念会館の福助を思い出したからである。9時40分より、185歩ある海蔵橋(海蔵川)を渡る。9時47分、日本橋まで393.4㎞と記した地点を通過する。9時57分、踏切道阿倉川第一号踏切を横切り、鉄道の左側となる。200m位戻った先に阿倉川駅(10時)があった。
※滝川公園。萬古神社
※ばんこの里会館
※阿倉川駅への路
※阿倉川駅
③10時7分、墓などを扱う石仏という企業前を通過し、10時13分、路地歩きとなる。10時19分、開運妻恋稲荷神社前で本日の安全を祈願する。この神社に隣接して志氐神社(しげ)があった。この神社の前には志氐神社バス停もあった。10時31分、中部電気保安協会四日市営業所前を通過、10時34分、踏切道阿倉川第⒒号を横切り、鉄道の右側となる。霞ヶ浦駅には10時36分に到着する。
※志氐神社への路
※霞ヶ浦駅への路
※霞ヶ浦駅
④10時46分、28歩ある橋を渡る。10時49分、今歩いている道は田んぼ道であった。四日市方面に向けて6両編成の特急が通過して行く。10時58分、県道64号線下を潜る。11時1分、踏切道霞ヶ浦第七号を横切り、鉄道の左側となる。11時12分、近鉄線下を潜り鉄道の右側となる。11時14分、小川を渡る。11時20分、近鉄富田駅には11時20分に到着する。この駅には三岐鉄道の三岐線(富田~西藤原)が接続されていた。いつの日にかこの鉄道も踏破したいと夢広がる。駅前の桃太郎に立ち寄り、おむすびを購入する。
※近鉄富田駅への路
※近鉄富田駅
➄11時50分、JR八幡踏切を横切る。11時55分、近鉄線を潜り、鉄道の左側となる。12時9分、川越富洲原駅には12時9分に到着する。後編に続く!!
※川越富洲原駅への路
※川越富洲原駅
近鉄・名鉄の旅!!その4(湯の山線&四日市あすなろう鉄道)後編
投稿日:2026年01月25日
〇四日市あすなろう鉄道(2両編成、ワンマンカー、単線、鉄道幅はJR在来線タイプ、元近鉄線)
近鉄四日市駅から南口にある”あすなろう四日市駅”まで移動する。5分位所要時間を要す。この鉄道は内部線(あすなろう四日市~日永~内部:5.7㎞)と八王子線(あすなろう四日市~日永~西日野;3.1㎞)で運転している。単線のため離合は日永駅を軸としてダイヤ構成されていた。すなわち、内部行きは日永で西日野発の電車と離合。一方、西日野行きは内部発の電電と日永で離合する効率的・合理的なダイヤ構成に驚いた。また、内部線では泊駅でも離合する。この鉄道の踏破の手順として、内部~日永、西日野~日永~あうなろう四日市で臨む。
※四日市あすなろう鉄道まで移動
※あすなろう四日市駅
※電車べ内部駅まで移動
※内部駅
⑧内部駅には13時50分、小古曽駅に向けてスタート。13時55分。四日市小古曽郵便局前を通過。小古曽駅には14時7分に到着。そして、道なりに淡々と歩いた先に追分駅があった。この追分駅という名称は、2025年6月、室蘭本線を踏破した際、室蘭本線にある駅構内の標識に、北海道の他に、福井県、秋田県、岡山県、三重県、長野県、滋賀県にあることは勉強済みである。これで、少なくとも、北海道、秋田県、長野県、三重県の追分駅はクリアした。
※小古曽駅への路
※小古曽駅
※追分駅への路
※追分駅
➈14時29分、踏切道泊第7号踏切を横切り、鉄道の右側となる。14時40分、泊駅には到着する。上下の電車が離合するところであった。14時50分、泊駅口バス停前を通過。幹線道路を歩く。14時51分、泊町北交差点を通過。14時54分、東海道名残りの一本松前を通過。15時2分。真宗高田派西唱寺前を通過。15時7分、日永神社前を通過。南日永駅には、15時14分に到着する。
※泊駅への路
※泊駅
※東海道名残りの一本松
※南日永駅への路
※南日永駅
➉15時18分、横断歩道がないため、20m位歩き、陸橋を渡り、幹線道路を横切ることを余儀なくされる。15時23分、道路下を潜る。48歩ある橋(天日川)を渡る。15時30分、天日川河畔公園があった。15時34分、踏切道日永第1号を横切った先に、日永駅(15時34分)があった。この駅は、別名で”あすなろう中央緑地駅”とあった。ここから、1駅先の西日野駅に電車で向かうことにする。この駅に到着する頃、内部行きと西日野駅からやって来た電車と離合したので、今度は、西日野行きと内部駅からやって来るあすなろう四日市だろうと予測でき単線。
※日永駅への路
※日永駅
⑪12分位の待ち合わせで、想定通り、西日野行きの電車がやってくる。西日野駅には数分で到着する。西日野駅を種々のアングルで撮影後、15時54分日永駅に向けてスタートする。鉄道の左側を歩く。踏切道日永第1号を横切り、鉄道の右側となる。天白川に沿って、淡々と歩いた先に45分前に立ち寄余った日永駅(16時21分)があった。
※西日野駅まで移動
※西日野駅
※日永駅への路
※日永駅
⑫16時26分、大宮神明社を通過。16時29分、工事現場がある界隈の川を渡る。16時35分、踏切を渡った先に赤堀駅(16時35分)があった。ここから鉄道に沿って淡々と歩いた先に”あすなろう四日市駅”(16時56分)があった。万歩計は48,756歩をマークしていた。
※赤堀駅への路
※赤堀駅
※あすなろう四日市への路
※あすなろう四日市駅
⑬ホテルで汗を流した跡、1番商店街にある鮮魚・浜焼き・活具:海鮮丼”えびす市場”にお邪魔し、四日市の最後の夜を堪能する。マスターも含め、3人の若者との会話は至福のひと時であった、
※近鉄四日市駅経由でホテルへ
※祝杯をあげる
(^^♪・・・・・(^^♪・・・・・
アクチュアリーの友人の今治久昇様から、下記のような心温まるメッセージを恵送頂きました。ご紹介します。
近鉄・名鉄の旅!!その4(湯の山線&四日市あすなろう鉄道)後編の追分駅のブログは良く覚えています。検索すると、”2017年時点の情報では8つあり、代表的なものとしては滋賀県(京阪)、三重県(四日市あすなろう鉄道)、長野県(しなの鉄道)など、街道の分岐点に由来する地名と共に存在しています。”ということで、代表的な追分駅の1つ。駅舎は田舎駅ですが、訪問は素晴らしいです。当初は想定していなかった行程で、GOOD!!ご褒美です。
近鉄・名鉄の旅!!その4(湯の山線&四日市あすなろう鉄道)前編
投稿日:2026年01月25日
2026年1月17日(土)快晴、近鉄・名鉄の旅の4日目は、湯の山線(湯の山温泉~近鉄四日市:営業キロ15.4㎞)と四日市あすなろう鉄道(内部~日永:3.9㎞、西日野~あすなろう四日市:3.1㎞)に挑戦する。なお、四日市あすなろう鉄道は、当初は想定していなかった行程で、上乗せでき感動する。ホテルで朝食をとり、7時31分の電車で湯の山温泉駅を目指す。通学時間帯のため、3両編成の車両には、沢山の高校生の姿があった。高角駅と桜駅で多数下車し、私が乗っている車両は、湯の山温泉駅に到着する時は一人きりであった。
※いざ湯の山温泉駅へ
※湯の山温泉駅
本日の各駅舎立ち寄り時刻は次の通り。
<湯の山線>
近鉄四日市7:31 → 湯の山温泉7:58
湯の山温泉(8::05)~大羽根園(おおばねえん、8:41)~中菰野(8:59)~菰野(こもの、9:39)~桜(10:27)~高角(たかつの、11:00)~伊勢川島(11:26)~伊勢松本(12:24)~中川原(なかがわら、12:44)~近鉄四日市(13:15)
<四日市あすなろう鉄道>
あすなろう四日市13:29 → 内部13:45
内部(うちべ、13:50)~小古曽(こごそ、14:07)~追分(14:26)~泊’14:40)~南日永(15:14)~日永(15:36)
日永15:48 → 西日野15:51
西日野(15:54)~日永(16:21)~赤堀(16:35)~あすなろう四日市(16:56)
〇湯の山線(単線)
伊勢川島と菰野駅で上下電車の離合がある。菰野駅で私が乗っている車両は、私のみとなる。
①湯の山温泉駅で、駅員さんに「湯の山エリアマップ」を頂く。鉄道の左側を歩く。駅前を種々のアングルで撮影後、8時5分、大羽根園駅を目指す。県道752号線を歩く。8時17分、道路下を潜る。8時18分、今歩いている道路は国道477号線とあった。途中、Paramita museumがあった。大羽根園駅には8時41分に到着する。
※大羽根園駅への路
※大羽根園駅への路
※大羽根園駅
②8時48分、2匹の犬から歓迎を受ける。8時59分、踏切道菰野第十ニ号を横切った先に中菰野駅(8時59分)があった。この駅を踏破するや否や、再度踏切を横切り、鉄道の左側となる。8時20分、瑞龍寺で感動するメッセージがあったのでメモする。”七色に輝く/虹のように/命それぞれ” 9時39分、菰野駅に到着する。数台のタクシーが停車していた。この駅で上下の電車の離合場面に出くわす。
※中菰野駅への路
※中菰野駅
※菰野駅への路
※菰野駅
③9時52分、宿野バス停前(菰野町コミュニティバス)を通過。9時53分、道路下を潜る。9時55分、100m位左手に丸亀製麺の看板が見えて来る。10時、農道を歩く。10時7分、踏切を横切り、鉄道の右側となる。10時12分より、150歩位ある三江橋(金渓川)を渡る。桜駅には19時27分に到着する。
※桜駅への路
※桜駅
④10時30分、踏切道高角第7号を横切り、鉄道の左側となる。10時32分、枝ばかりの桜並木が続く。10時49分、幹線道路に合流する。10時55分より。新矢合橋(矢合川)を渡る。11時、高角駅に到着する。11時2分、踏切道高角第一号を横切り、鉄道の右側となる。11時12分、小川を渡る。11時17分、道路下を潜る。11時18分、坂道を上り幹線道路に合流する。伊勢川島駅には11時26分に到着する。
※高角駅への路
※高角駅
※伊勢川島駅への路
※伊勢川島駅
➄11時32分、セーターを脱ぐと同時にマフラーをはずす。11時40分、三郎橋を経由し、近鉄線を跨ぐ。11時46分、三滝台口バス停前(三重交通)を通過。今歩いている道路は松本街道とあった、11時53分、小生バス停前を通過。12時、近鉄線を跨ぎ、線路の右側となる。12時6分、更に暑くなったので、コートも脱ぐ。12時9分、青葉町交差点を通過。今歩いている道路は県道8号線とあった、12時12分、青葉町バス停前を通過。伊勢松本駅には12時24分に到着する。
※伊勢松本駅への路
※伊勢松本駅
⑥12時29分、踏切道中川原第七号を横切り、鉄道の左側となる。12時54分、踏切道中川原第六号を横切り、右側となる。中川原駅には12時44分に到着する。
※中川原駅への路
※中川原駅
⑦12時55分、芝田一丁目バス停前を通過。13時2分、文化会館南バス停前を通過。13時5分、西浦通りを歩く。近鉄四日市駅には13時15分に到着する。万歩計は30,706歩をマークしていた。後編に続く!!
※四日市駅への路
※四日市駅
近鉄・名鉄の旅!!その3(白子~近鉄四日市)後編
投稿日:2026年01月25日
⑤12時12分幹線道路に合流する。12時24分、鈴鹿市から四日市となる。楠駅には12時26分に到着する。12時40分より、267歩ある五味塚橋(鈴鹿川派側)を渡る。12時49分、四日市市楠地区市民センターがあった。12時52分、楠小学校前を通過。道路を挟んで楠中学校もあった。北楠駅には13時に到着する。
※楠駅への路
※楠駅
※北楠駅への路
※北楠駅
⑥13時5分、県道502号線下を潜る。13時16分、小倉橋南交差点を通過。13時19分より、478歩ある小倉橋(鈴鹿川)を渡る。13時31分、塩浜交差点を通過。JR線路(追分石原線)を横切る。13時39分、御薗神社前を通過。塩浜駅には13時40分到着する。この駅にはJR貨物線の線路と並走してあった。
※塩浜駅への路
※塩浜駅
⑦かえで通り下を潜る。左手にはJR貨物の線路があった。13時57分、JR貨物線の日永踏切があった。JR海山道路切と近鉄塩浜5号踏切を横切る。海山道駅には14時5分到着する。
※海山道駅への路
※海山道駅
※開運稲荷神社
⑧駅前の開運稲荷神社前(海山道神社)に立ち止まり記念写真を撮る。14時16分、道路下を潜る。14時20分、四日市市立三浜文化会館前を通過。ここから複雑なエリアに突入する。ナビがなければクリアできないエリアとなる。14時22分、国道23号線下を潜る。14時25分、近鉄線下を潜り、線路の右側となる。おいのかわ橋をわたるが、行き止まりの可能性があり引き返す。天白川沿いを歩く。14時37分、国道23号線下を潜る。14時40分、52歩あるあけぼの橋を渡る。14時50分、関西本線を跨ぐ。14時58分、近鉄線下を潜り、線路の左側となる。新正駅には15時に到着する。少し戻った先にあった。
※関西本線横断までの路
※新正駅への路
※新正駅
⑨線路下10分、線路下を潜り鉄道の右側となる。15時12分、線路下に近づき、高架下を歩く。南浜田町という地名を通過。15時28分、四日市あすなろう鉄道前(あすなろう四日市駅)を通過。近鉄四日市駅真奈南口駅には15時34分に到着する。万歩計は36,404歩をマークしていた。近哲百貨店を経由し、北口にある東横インには15時53分に到着する。
※あすなろう四日市駅への路
※あすなろう四日市駅
※四日市駅
⑩一昨日行った”ましろや”に向かうが、生憎予約席で一杯のため、ホテル前の居酒屋”おりん”で本日の疲れを癒す。これで、伊勢中川から近鉄四日市までが繋がる。充実した一日であった。
※ましろや
※おりんで英気を養う





























































































































































































































































































































