東海道本線の駅舎とは!!”日本縦断の旅”その28(興津〜磐田)

投稿日:2020年04月30日

東海道本線の第3弾は、興津から磐田までに登場する18駅舎。

この区間も印象に残る場面が幾つかあった。

その中で印象に残る一つは、2006年7月22日(土)、東海道本線の踏破を始めようと思いついて、起点となった島田駅であろうか。この日は曇り空であったので、六合駅に向かう予定が、金谷駅に向かっていた。懐かしい限りだ。その場面を著書創刊号より抜粋すると次の通り。

※興津駅、清水駅、草薙駅、東静岡駅、静岡駅、安倍川駅

島田駅から早速道を誤る。誤って反対の金谷駅に進もうとしていた。天気も曇り空で方向性を見誤った。リカバリーに50分要す。出発点で意外に逆の方向に進むことがよくある。平成13年6月舞浜、平成14年9月佐倉それから平成17年4月梅島でも同じ場面があった。30分位進んで、太陽の位置から判断して自分が逆の方向に進んでいるような気がして、確認のため通行人に尋ねる。案の定私の心配が的中した。

再度島田駅に戻ったのは11時10分であった。島田駅から暫く行った先に、問屋場跡東海道島田宿という看板を発見。島田宿を真ん中にして、藤枝宿と金谷宿もあった。11時30分、県立島田商業高校前を通過。大津谷川(栃山橋)でも大雨の影響で濁った水が勢いよく流れていた。12時やっと本日初めての六合(ろくごう)駅を踏破する。

※用宗駅、焼津駅、西焼津駅、藤枝駅、六合駅、島田駅

二つ目は,2006年9月2日(土)、金谷〜島田、用宗~興津まで歩いた際の用宗駅であろうか、駅を降りるや否や若手巡査から行き成り尋問を受ける。その場面は次の通り。

※金谷駅、菊川駅、掛川駅、愛野駅、袋井駅、磐田駅

用宗までは電車は満員状態であった。電車は冷房が程よく暑くなった体を20分程度冷やしてくれた。途中電車に乗り継いで移動するのは、函南=熱海間以来であった。平成17年8月東武東上線でも寄居から坂戸まで移動し越生線に乗った。その他、平成16年11月北総線や東武野田線等の踏破の際にも途中電車を乗り継いだ。用宗には10時45分到着。駅を降りて写真撮影を終えた瞬間、地元の若手巡査に警察手帳を提示され、「ここは初めてですか」と質問される。「はい」と答えたところ、更にその理由の質問を受ける。もう一人の40歳位の上司の方から「最近この近郊で強盗事件がありました」との回答あり。濡れタオルを帽子に被る変な服装をしたため、尋問されたのかも知れない。

東海道本線の駅舎とは!!”日本縦断の旅”その27(小田原〜由比)

投稿日:2020年04月28日

東海道本線の第2弾は、小田原駅から由比駅までに登場する18駅舎。

この区間も印象に残る箇所は色々にあったが、三つあげるとすれば、次の場面であろうか。

①函南駅から熱海駅までにある熱海峠越え(2006年7月15日(土))。この時は、既に来宮駅から熱海駅までは踏破済のため、来宮駅止まりであったが。それにしても、来宮駅までの道のりが長く、水分補給ができなく苦しい道中であった。(著書創刊号より抜粋)

※小田原駅、早川駅、根府川駅、真鶴駅、湯河原駅、熱海駅

②第46回わいわい会(2012年6月2日(土))での沼津駅界隈の昼食会(日本初の流れ鮨)。新鮮な幸でのランチ会は、今でも強く印象に残っている。地元の人に人気店を聞いたのが功を奏した。

③興津駅から由比駅に向かう際、通った薩埵峠。急な斜面の厳しい道筋であったが、この峠から駿河湾の見晴らしは最高であった。この峠の存在も地元の人にお伺いして知った。

※函南駅、三島駅、沼津駅、片浜駅、原駅、東田子の浦駅

13時25分、多少疲れを感じたので、贅の沢公民館(寶の沢バス停)で一服する。函南中学校の停留所もあった。14時15分、軽井沢という地名に到達。ここで正岡子規の句碑建立の由来の看板を見かける。「唐きびの からでたく湯や 山の宿」とあった。三島~軽井沢~熱海の方向指示も同時に記載してあった。この近郊で雑貨店の奥さんに会ったので、熱海までの道のりを聞く。半分を過ぎた辺りとのことであった。14時20分、メルヘンの里、洞天寺の看板に出会う。まもなく、熱海まで11.5kmの案内板を見かける。ここから、行けども行けどもカーブが続きなかなか熱海峠に到達できず。やっと8kmの地点に15時30分到達。500mがあたかも2km位の距離に思えた。7.5kmの地点の看板に、熱海峠まで200mの案内板を見てやっと見通しがついた感がした。

※吉原駅、富士駅、富士川駅、新蒲原駅、蒲原駅、由比駅

15時45分、熱海峠に到達し、国道20号に到達した地点を左に進めば、十国峠や箱根峠で、右に進めば熱海であった。熱海に向かう乗り合いバスが私を追い越して行く。ペットボトルがなくなり、自動販売機を真剣に探したがなかった。水の貴重さを改めて感じた。熱海峠からは下りで楽だと思ったが、傾斜が急で足や腰に負担となる。16時15分、姫の沢公園に到達。噴水が咽を一層刺激した。公園には日本初の公衆電話があり、タクシーの運転手がこの話を乗客に説明していた。この公園から熱海まで4kmとの案内板があった。この辺りから右腰が急に痛くなり、下りの歩きが辛くなった。

東海道本線の駅舎とは!!”日本縦断の旅”その26(東京〜鴨宮)

投稿日:2020年04月26日

本日から数回に分けて、東海道本線の駅舎を投稿します。

※東京駅、新橋駅、品川駅

今回の区間で印象に残る記憶は、2011年3月12日(土)に開催した第41回わいわい会(高松一高同窓の歩き会)だろうか。被害状況も分からず、4名が横浜駅に集合し、川崎まで歩いた。3月11日(金)は、日本保険・年金リスク学会(JARIP)主催のフォーラムに参加していて、大惨事の場面(著書”わいわい道中記”より抜粋)に遭遇した。その影響で夜は、フコク生命で宿泊した。そのため、寝不足の状況でのわいわい会参加となった。家に帰り、想定外の大惨事にビックリ仰天したのが、昨日のように思い出される。今はただ一つ!!今回搭載した大船観音に世界中蔓延のコロナ収束を一日でも早く祈るのみです。

※川崎駅、横浜駅、戸塚駅、大船駅、藤沢駅、辻堂駅

昨日は東日本に想像を絶する巨大地震(M9.0)が14時46分頃起きた。丁度日本保険・年金リスク学会(JARIP)主催のフォーラム(日本工業倶楽部3階大ホール:東京新丸ビル隣)で、東京海上ホールディングス(株)の玉村 勝彦氏の講演中(損害保険関連リスク)であった。天井にあるシヤンデリアがブランコをしているかのように大きく揺れてきた。そのうちに中央にあるシヤンデリアの下部部分が欠落してきた。運良く、司会の栗山氏の好誘導で怪我人は出なかった。また、JARIPの緊急会議にて2コマ半で以降のフォーラムは中止とした。今から考えるといい英断を下したと思える。とういうのは、余震が何回も続いた。そして、首都圏の鉄道網は12時間以上もストップしたからである。JARIP中止後、本日中止したフォーラムについて今後の対策を打ち合わせするため、私も監事のため引き止められた。

※茅ケ崎駅、平塚駅、大磯駅、二宮駅、国府津駅(こうづ)、鴨宮駅

東北本線の駅舎とは!!”日本縦断の旅”その25(大宮〜東京)

投稿日:2020年04月21日

東北本線の最終編は、大宮駅から東京駅までに登場する7駅舎のまとめ。この区間は、首都圏の通勤で利用されているので、カッシー館への投稿も躊躇しましたが、こだわり鉄道つたい歩きの視点から投稿させて頂きます。

※大宮駅、さいたま新都心、浦和駅、赤羽駅、尾久駅、上野駅

残念ながら今回投稿する駅舎は、いつでも行けると思い、写真集やデジカメには記録が余りありません。それ故、高松一高同窓の歩き会(わいわい会)の際に撮影した写真を便宜的に利用させて頂きました。この区間で印象に残っているのは、わいわい会で歩いた赤羽駅や浦和駅でしょうか。

※東京駅(山手線1周踏破の際に)

東北本線(仙台〜東京)は今回で完。次回からは、第4編として”東海道本線”(東京〜神戸)をシリーズにて掲載します。引き続きご愛好宜しくお願いします。

東北本線の駅舎とは!!”日本縦断の旅”その24(岡本~土呂)

投稿日:2020年04月17日

東北本園の第4弾は、2002年2月2日(土)~2006年7月30日(土)にかけて歩いた際出くわした18駅舎。当時はカメラがデジカメではなくAPSフイルムタイプであったため、駅舎中心とした撮影にコスト面から非常に神経を費やした。今となっては惜しくもあり懐かしい思い出である。また、アルバムの不十分な整理体制のこともあり、第3編の編集に当り、雀宮駅や新白岡駅をはじめ、写真集倉庫から必要な駅舎をタイムリーに引き出すことができない駅舎が発生した。これらの駅舎については、恐縮ですがインターネントから駅舎を引用させて頂いた。

※岡本駅、宇都宮駅、雀宮駅、石橋駅、自治医大駅、小金井駅

この区間も懐かしい思い出がある。 ①カッシー館とトップページに登場する宇都宮駅 ②本日登場する駅舎の中で唯一未踏破となった古河駅(著書続編号よりその場面を抜粋)③利根川が絡む栗橋駅踏破の路 などなど

※小山駅、間々田駅、野木駅、古河駅、栗橋駅、東鷲宮駅

本日は9時25分のスタートとなった。本日も古河辺りまでは国道4号線を通ることとした。間々田駅近郊の乙女公園が印象に残っている。乙女公園の近くで梨園を見つける。12時半過ぎ、野木駅の手前の「きんしゃい」という博多ラーメン店で、味噌ラーメンとチャーハンを食べる。ラーメンは麺のゆでがいまひとつであったが、チャーハンはとても美味しかった。野木小学校入口の交差点から4号線を外れ261号線を通り古河市内へと向う。だが、残念なことに道路標識に古河駅への案内がなくこの駅を見ることなく通過する。注意深くしていたが見逃してしまった。引き返そうとも考えたが、先を急いでいたので断念する。

※久喜駅、新白岡駅、白岡駅、蓮田駅、東大宮駅、土呂駅

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