2022年1月の記事一覧

リベンジ16回目(前編)!!中央線(立川〜武蔵境)

投稿日:2022年01月23日

①立川駅はリベンジ13回目(2021年12月24日(金):五日市線・青梅線)で立ち寄って間もないので強く印象に残っていた。鉄道の左側を歩く。8時12分、可愛い猫の画像を描いた民家前を通過。8時19分、曙第七公園前を通過。8時36分、見事な幹をもつ桜前を通過。8時49分、JR線下を潜り、鉄道の右側となる。そして暫く歩いた先に国立駅(8時56分)があった。この駅は、20年位前、家内と一緒に一橋祭で何度かお邪魔した駅舎であったので懐かしくなった。

※立川駅、立川駅界隈

※野菜畑、立派な桜

※国立駅、ここから少し行った先に一橋祭の会場

②国立駅から少し歩いた先で急な丘となり、9時5分袋小路にぶつかる。地元の方の応援で、袋小路を抜ける道筋を教えて頂き、無事リカバリーできる。急な階段を上った先に、鉄道に沿った路筋が西国分寺駅に向かって続いていた。線路は歩道から10m位下の溝にあった。恐らく、山を削って鉄道線路工事を開発したのであろう。鉄道に沿った両岸には民家が数珠のように繋がっていた。鉄道には数分の感覚で上下の電車が通過して行く。流石、「大都市東京のダイヤである」と感服。9時15分、鉄道を横切る築山橋があった。9時24分、一般道に合流するが、直ぐに鉄道に沿った路筋に戻る。ここでもそうであったので、地方・首都圏の鉄道を問わず、鉄道に沿って路筋が多いことを痛感する。西国分寺駅には9時33分到着。この駅舎も昨年10月23日(土)武蔵野線リベンジの際、立ち寄った駅舎なので、”全国鉄道つたい歩き鉄道路線図”がまた一歩前進した。

※西国分寺駅への路

※西国分寺駅

➂9時40分、武蔵野線を横切る。9時46分、官公庁が立ち並ぶ研修所前を通過。急な丘を下り、くねくねした道筋を歩き、国分寺駅を目指す。やっと10時12分、国分寺駅に到着。駅前にはコロナ禍の影響を受け、閉園中の都立殿ヶ谷戸庭園があった。

※武蔵野線を横切る、官公庁の研修センター通り、急な坂道を下る

※国分寺駅への路(溝から高台に特急車両)、国分寺駅

国分寺駅、都立殿ヶ谷戸庭園

④武蔵小金井駅への途中、線路から大きく離れ、不安となる。たまたま通りかけた人に武蔵小金井駅への道筋をお伺いする。「この道を真っ直ぐ歩くと、高架した鉄道にぶつかります。鉄道に沿って歩いた先に武蔵小金井駅があります。まだまだ距離がありますよ」と教えて頂く。お蔭で10時30分、高架した中央線脇に到着することができる。10時34分、小金井小学校前を通過。10時42分、都立小金井工業高校前を通過。ここから線路の左右に移動しながら武蔵小金井駅を目指す。武蔵小金井駅には10時56分到着。この駅の界隈にはK先輩の自宅があり、2000年頃、高松一高関東桜紫会忘年会の二次会でF先輩・I先輩と一緒にお邪魔した懐かしい思い出が蘇る。また、2019年8月18日(日)、従兄弟から立教大学グリークラブOB男声合唱団第6回リサイタルの招待を受け、下車した駅などで強く印象に残っていた。

※武蔵小金井駅への路、武蔵小金井駅

⑤高架した線路下を淡々と歩く。11時11分、武蔵自動車前を通過。粋な商品を置いているスーパーマーケット”成城石井”に面した東小金井駅には11時28分到着。

※東小金井駅への路、東小金井駅

※東小金井駅、西武多摩川線の踏切

⑥鉄道の右側を歩く。そのうちにJR線から大きく乖離する。11時33分、西武多摩川線踏切を横切る。少し迷子になった心境になる。ネットと地元の人のお蔭で、無事リカバリーでき、武蔵境駅には11時58分到着。この駅に面して西武武蔵境駅もあった。12時3分の中央快速で高円寺駅に向かう。中編に続く!!

※武蔵境駅への路

※武蔵境駅

リベンジ16回目(総括編)!!中央線(立川〜武蔵境他)、山手線(目黒〜原宿)

投稿日:2022年01月23日

2022年1月22日(土)快晴、昨日の山手線の仕上げ(目黒〜原宿:営業キロ4.3㎞)に加え、中央線(立川〜武蔵境;11.8㎞、高円寺〜新宿:5.8㎞)にリベンジ。不連続な3区間を一日で踏破するのは、2000年5月のウォーキング開始以来初となった。このような歩き方は、ダイヤが密な大都市東京だから出来る手法かも知れないが。

リベンジの趣旨は、”日本横断歩き鉄の旅”PDFシリーズの23編と34編を完成したいため。そして、近々、”日本横断歩き鉄の旅”PDFの第3巻(第17編〜第24編)として、国立国会図書館に8作目著書を納本したいため。

中央線は、第1編(中央本線:東京〜塩尻〜名古屋)で既にPDFを作成し、第1巻(第1編〜第8編)として国立国会図書館に納本済みである。しかし、東京〜立川間で各駅停車の駅舎記録や到着時刻がないのが判明。それ故、本日の再挑戦となった。なお、新宿〜八王子間は、2001年2月10日(土)、22日(日)にかけて、既に踏破済である。同様に東京〜新宿間も。山手線の状況に関しては、リベンジ15回目でご紹介した通り。

※築山橋界隈(国立駅〜西国分寺駅):谷の中に中央線が走る

本日の中央線の歩きは、21年前の記憶が全く忘却していたこともあり、終始新鮮な気持ちで歩くことができた。また、最近では記憶がない、路地から路地の歩きとなり、大都市東京の風情を十二分に堪能するすることができた。また、国立から国分寺そして武蔵小金井にかけて、いい運動になる丘越えが続き、実に面白い区間であった。一方、山手線の目黒から原宿の区間も、数年前と異なる近代的で粋な街並みを堪能できた。同時に若者の街であると痛感。改めて色んなアングルから大都市東京の素晴らしい風情を肌身で感じた、最高の一日となった。

※北海道から来た若者のライブ堪能(原宿駅近し)

これで通算営業キロは、1万2千894㎞(歩き日数631日、日本の鉄道の46.5%)となった。

本日の中央線と山手線の到着時刻は次の通り。

①立川(8:04)〜国立(8:56)〜西国分寺(9:33)〜国分寺(10:12)〜武蔵小金井(10:56)〜東小金井(11:22)〜武蔵境(11:58):前編

②電車で高円寺まで乗り継いで移動:武蔵境(12:03)→荻窪(12:21)→高円寺(12:27)

高円寺(12:28)〜中野(12:57)~東中野(13:26)~大久保(14:02)~新宿(14:22):中編

➂新宿発14時23分の山手線で目黒まで移動

目黒(14:42)〜恵比須(15:24)〜渋谷(15:50)〜原宿(16:39):後編

前編・中編・後編に続く!!

リベンジ15回目!!山手線(有楽町〜目黒)

投稿日:2022年01月21日

2022年1月21日(金)晴れ、午前中の用事を済ませ、午後から山手線(有楽町〜目黒:営業キロ10.1㎞)にリベンジ。もうひとつの狙いは、最近できた”高輪ゲートウェイ駅”を鉄道つたい歩きで立ち寄り、駅舎を画像に収めたかったため。広大な開発途上の地域に、堂々と高輪ゲートウェイ駅があった。2から3年先には、素晴らしい街並みの中に輝くだろう。

※高輪ゲートウェイ駅を背後にして

山手線は、今回で3度目となる。1回目は2000年7月1日(土)、新宿から新宿で時計回りで一周した。2回目は、1周を4回に分け(2009~2011)12月忘年会も兼ねて、わいわい会(高松一高同窓の歩き会)のメンバーと歩いた。山手線は、”日本横断歩き鉄の旅”のPDFシリーズの第34編に予定している。しかし、PDFまとめ作業をしていて、有楽町駅や田町駅など駅舎の画像がないことが判明。遠方の路線は、ネットでフォローするが、近場の路線は信条的にそうも行かない。それ故、本日の歩きとなった。

本日は、信濃町駅(12:20)と御徒町駅(12:47)を乗り鉄で撮影後、歩き鉄開始。各駅舎の立ち寄り時刻は次の通り。

※信濃町駅、御徒町駅(おかちまち)

有楽町(13:01)〜新橋(13:20)〜浜松町(13:43)〜田町(14:18)〜高輪ゲートウェイ(14:47)〜品川(15:10)〜大崎(16:02)〜五反田(16:20)〜目黒(16:41)

①有楽町駅から新橋駅は、鉄道に沿った色な飲食街の風情を楽しみながら歩く。この路地は何度歩いても楽しい。夕方立ち寄りたいと思うような店が何軒もあった。新橋駅から少し行った先で、街並みは一変する。高級ホテル街となる。2019年12月まで高松一高関東同窓会の幹事会会場があった浜松町駅には13時43分。改めてデジカメに収める。

※有楽町駅

※新橋駅

※浜松町駅への路、浜松町駅

②東京モノレール駅を経由し、田町駅を目指す。13時53分、JR線下を潜り、鉄道の左側となる。丁度東京モノレールが頭上にあった。2015年2月、東京モノレールを踏破した7年前の画像が思い浮かび懐かしくなった。14時2分、JR線下を潜り、鉄道の右側(山手線内)となる。少し歩いた先で、見覚えのある日本年金数理会事務所界隈を通過。田町駅には14時18分到着。

※頭上に東京モノレール、田町駅

➂14時32分、御田八幡神社前で本日の安全を祈願する。前方に、東京ドームの何倍もある広大な品川駅敷地を再利用する現場を通過する。その中に、堂々と高輪ゲートウエイ駅があった。何となく、この駅の命名が理解できたような心境となった。都市再生の看板には、品川は国際交流拠点、大手町は戦略拠点、四谷は賑わい交流拠点、そして三鷹は防災公園整備とあった。大都市東京にこのような広大な土地があるとは、驚きと感動で一杯になった。将来できるリニアモーターカーの品川駅も広大な敷地のどこかにできるのであろう。

※御田神社、品川工事現場

※高輪ゲートウェイ駅

※高輪ゲートウェイ駅を後にして

④淡々と歩いた先に品川駅(15時10分)があった。本日の当初の歩き終点は、目黒ではなく原宿を想定していたので、品川から大崎までを電車で移動も考えた。しかし、これでは歩き鉄の信念を曲げることなり、ショートカットを却下する。JR線の他に京急も合流しており、品川駅から大崎駅への道筋は実にややこしかった。加えて、3度目の歩きでもあり、地図を持参せず、また勉強も全くせずに臨んだ。15時33分、見覚えのある品川神社前を通過。15時37分、第一京浜(15号線)と山手通り(317号線)の交差点に到達。山手通りを歩く、15時43分、JR東海道線など下を潜る。15時46分、新幹線や山手線下を潜る。ここから山手通りを暫く歩いた先に大崎駅(16時2分)があった。

※品川駅

※品川神社、第一京浜・山手通り交差点

※大崎駅への路、大崎駅への路

⑤鉄道の左側を淡々と歩くが、誤って東急池上線の大崎広小路駅前まで向かう。通行人の方の助けで、何とか五反田駅(16時10分)に到着できる。大崎橋(目黒川)を横切った先にあった。ここから鉄道の右側を淡々と歩いた先に目黒駅(16時41分)があった。この界隈は、フコクしんらい生命本社が白金台あった当時、何度も飲み会などで立ち寄ったので懐かしくなった。日没も近いし、少し肌寒くなったので、当初の予定を変更しアップする。16時47分の山手線で自宅に向かう。

※東急大崎広小路駅、大崎橋、五反田駅

※五反田駅、花房山通り

※目黒駅への路、目黒駅

本日の歩きで、通算営業キロは、1万2千872㎞(活動日数630日、日本の鉄道の46.5%)となる。

朗報なニュース!!我が母校”高松一高野球部”

投稿日:2022年01月21日

我が母校”高松一高の野球部(元西鉄ライオンズ中西太大先輩OB)”に関し、次のような朗報を高松一高関東桜紫会幹事長藤本泰彦氏から恵送頂きました。OBのひとりとして、感謝感激で一杯です。ご紹介します。(2021年12月28日カッシー館ブログ投稿続編)

(^^♪・・・・・(^^♪・・・・・

高松一高野球部OB会副幹事長(関東地区担当)の西原 淳一さん(S45)より「21世紀枠候補紹介」(毎日新聞作成のWebに掲載)の連絡をいただきましたので添付申しあげます。1月28日(来週の金曜日)に選抜出場校が発表されます。1月28日に、一高球児に春は来るのか??  春の夜の夢と帰さぬよう、祈ります。

“寒風に耐えて春待つ球児哉”

21世紀枠推薦校(高松一高)

 

第37編(富士急行・関東鉄道他)PDF登場!!日本横断歩き鉄の旅

投稿日:2022年01月18日

2002年4月から2007年9月にかけて、富士急行(大月〜河口湖:26.6 ㎞)、関東鉄道(取手〜下館:51.1 km,佐貫〜竜ケ崎:4.5km)、小湊鉄道(五井〜上総中野:39.1㎞)、銚子電鉄(銚子〜外川:6.4㎞ )そして流鉄(馬橋〜流山:5.7㎞)の各駅舎立ち寄りを終え、本日その証跡となるPDFが5年余の歳月を経てできましたのでご紹介します。なお、本編に掲載する銚子駅(銚子電鉄上総中野駅(関東鉄道)は、カッシー館のトップページ12枚画像中、2枚と関係する駅舎です。

 本編の創設により、早くも36作目の”歩き鉄駅舎PDF”登場となります。歩く鉄道作家として、嬉しい限りです。内訳は”日本縦断の旅”が6編構成、”日本横断歩き鉄の旅”が30編構成(第1編〜第22編、第24編、第25編、第27編、第35編〜第39編)。

下記をクリックすると、各沿線の立ち寄り駅舎を動的に閲覧することができます。

富士急行・関東鉄道・小湊鉄道・銚子電鉄・流鉄

富士急行(大月〜河口湖)、関東鉄道(取手〜下館、佐貫〜竜ケ崎)、小湊鉄道(五井〜上総中野)、銚子電鉄(銚子〜外川)、流鉄(馬橋〜流山)

 

(^^♪・・・・・(^^♪・・・・・・

また、友人から心温まるメッセージを恵送頂きました。元気と勇気を頂き、感謝で一杯です。このような最寄駅に関するメッセージは、”日本縦断の旅”の第6編(鹿児島本線・肥薩おれんじ鉄道)の津奈木駅、そして”日本横断歩き鉄の旅”の第3編(関西本線)の志紀駅に続き3例目となります。嬉しい限りです。ご紹介します。

〇37編の関鉄、戸頭が私の最寄り駅です。銚子電気鉄道は京王線の懐かしい車両と富士急行線の京王線の白い車両も懐かしいです。またゆっくり拝見させて頂きます。ありがとうございました。

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