長崎・佐賀の旅!!その9(岩屋〜久保田)前編

投稿日:2021年03月09日

2021年2月27日(土)晴れ、唐津線の仕上げは、岩屋から久保田までの営業キロ23.3㎞に挑戦する。本日は今回の旅で最も印象に残る日となった。それは、大事なメモ帳(唐津編)ロスト事件に遭遇したからだ。改めてプロ野球の如く、”仕上げが如何に難しいか”学習させてもらった。ホテルで朝食をとり、佐賀駅構内の恵比須さんに本日の安全を祈願し、佐賀7時51分発の列車(唐津行き)で臨む。

※佐賀駅構内にある恵比須さん、唐津線の車両は寄せ集め❓(佐賀駅)

※岩屋駅、厳木駅への路

今回の旅で、長崎本線(喜々津〜市布〜浦上)に次いで、”鉄道ったい歩き”をするには難しいコースであった。各駅舎立ち寄り時刻は次の通り。

岩屋(8:37)〜厳木(きゅうらぎ、9:31)~多久(11:21)〜中多久(12:26)〜東多久(14:15)〜小城(おぎ、15:57)〜久保田(17:23)

①県道350号の幹線道路を歩く。9時1分、万歩計で111歩ある厳木川を渡る。9時16分、佐賀29㎞、多久8㎞と記した道路標識界隈で唐津焼の店(王天家窯)と対面する。9時24分、県立厳木高校前を通過、厳木駅には9時31分到着。

※厳木駅

②9時42分、室国神社に本日の安全を祈願する。10時15分、道の駅厳木にある、たぐいまれな美人”佐用姫(さよひめ)像”(537年頃の出来事)と対面する。5分位滞在し、この像を鑑賞する。10時27分、佐賀26㎞、佐賀5㎞と記した道路標識前を通過。10時40分、笹原峠辺りで、唐津市から多久市となる。11時11分、JR線を潜りJR線の左側となる。道路が急に広がり、街並みらしくなる。11時21分、多久駅に到着。駅に面した多久市交流施設内を暫く散策する。健康に関するセミナーが開催されていた。

※佐用姫像

※佐用姫像の解説、道の駅厳木

※多久駅

※多久駅に面した交流館

➂11時45分、中山跨線橋を渡りJR線の右側となる。誤って進行中の中学校前で12時の時報を聞き、陸橋を横切る中学生の姿を目にする。12時3分、メモ帳をロストした池岸が見える道路を経て、12時9分、高速道路下(長崎道)を通過。線路と幹線道路が大きく離れるのは可笑しいと思い、ネットで辺りを検索。すると予想通り、700~800m位、中多久駅を未踏破のまま進行していた。ネットを見ながら、引き返す。12時26分、やっと中多久駅に到着する。30分位ロスタイムが生じる。沢山の下校中の高校生と対面する。丁度佐賀行きの列車がやって来る時間帯であった。

※誤った路筋

中多久駅

④12時40分、自転車に乗った人(西村さん、私より2学年先輩)と対面したので、東多久駅への道筋をお伺いする。当初は先程誤った路筋を経由し、東多久駅の踏破を予定していた。この路筋をお話ししたところ、「相当遠回りですよ。今見える鉄道沿いの道筋を淡々と歩けば、行けますよ。」と助言を頂く。西村さんにお礼を言って別れる。暫く歩いていると、再度対面する。私の帽子を見て、「どういうところを歩いているのですか」の質問がある。事前に用意したチラシを手渡し、「今回は9泊10日の日程で、長崎本線と唐津線の踏破に来ました。昨年は47日間旅しました・・・」などなど5分位懇談する。人との出会いは旅の楽しみの一つ。至福のひと時であった。

※2回通過した地点(池岸、田圃道、今出川橋)

12時48分、道路から観た池岸前に到達。この界隈は田圃道が続いていた。遠く幹線道路があった。池の土手を経由して、田圃道を抜け出す方法があるか否かで、右往左往する。運よく、池の土手を歩き、田圃道を歩こうとしている年配の女性を見かける。それで、この人の後を歩き、幹線道路に向かう。13時6分、幹線道路に入り、今出川橋(今出川)のところでメモをしょとしたところ、大事な大事なメモ帳がないのにビックリする。頭の中が一瞬真っ白となる。中多久駅から今出川橋の区間でメモ帳を落としたと判断。

早速、これまで来た経路をジョギングしながら引き返す。13時23分、池岸でメモ帳があり安堵する。これまでメモ帳を落とす場面は、これまでの574回のウォーキングで3度目となった。今回も含め、全てリカバリーができホットする。天や神のご加護を強く感じた。今回のロスト事件は、2008年3月の東海道本線の関ヶ原界隈の財布ロスト事件に匹敵する位私にとっては深刻な出来事であった。

※大工田踏切、東多久駅

リカバリーを終え、再度万歩計で113歩ある今出川橋には13時39分到着する。ロスタイムは33分であった。13時43分高速道路下を潜る。13時50分、大工田踏切を横切り、鉄道の右側となる。14時1分、別府バス停(昭和バス)前を通過。14時15分、駅前のベンチにあたかも人が座っているような、東多久駅には14時15分到着。この人の像は、志田林三郎(日本初の工学博士:1855〜1892)とあった。後編に続く!!

※志田林三郎の像

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