リベンジ45回目!!京成電鉄などの整理(青砥~押上~浅草橋)

投稿日:2023年01月20日

2023年1月20日(金)晴れ、東海大学病院の人間ドックフォロー後、時間を有効活用することから、総武線や京成押上線などを乗り継いで、青砥駅まで移動し、京成押上線(青砥~押上:営業キロ5.7㎞)と都営浅草線(押上~浅草橋:3.1㎞)のつたい歩きに急遽思いつき再挑戦する。これらの路線は2001年1月13日(土)に踏破済み(北国分~浅草橋:14.7㎞)であるが、駅舎写真や到着時刻に不備があるのが判明したので本日の歩きとなった。また、フコク生命時代、南林間~新宿~浅草橋~千葉ニュータウンと2001年1月~2005年3月まで長距離通勤した関係で懐かしい路線でもあった。しかし、本日歩きを通じ22年前の記憶は殆ど忘却していた。本日は後述の通り大周りとなったが、浅草駅に到着し、所吾妻橋駅は隅田川を挟んで浅草側ではなく押上側にあることを唯一思い出した。京成電鉄、新京成電鉄、北総鉄道の路線は、”日本横断歩き鉄の旅”PDF読本の第47編で執筆を予定しており、本日午後の時間をうまく活用し、その一部の整理ができホットする一日となった。

※浅草橋駅

※乗り鉄で浅草橋駅と本所吾妻橋駅を撮影

本日の各駅舎到着時刻は次の通り。

青砥(13:00)~京成立石(13:20)~四ツ木(13:43)~八広(14:16)~京成曳舟(14:37)~押上(15:08)~浅草(15:44)~~本所吾妻橋(15:58)~浅草(16:12)~蔵前(16:32)~浅草橋(16:40)

①青砥駅を種々のアングルで撮影後、高架下を歩き京成立石駅を目指す。この駅は4年3カ月で一度だけ途中下車し、職場の仲間と飲んだ懐かしい思い出が蘇る。13時12分、押上線を潜り鉄道の右側となる。工事中の京成立石駅には13時20分到着。丁度、押上方面の電車がやってくる。13時34分、遠くに東京スカイツリーが見えてくる。これからはスカイツリーを鑑賞しながらの歩きとなる。粋な下町風情が続く中で、13時36分、葛飾郵便局前を通過。13時43分、四ツ木公園前で上着を脱ぐ。13時51分、粋なスポーツアニメがデザインした四ツ木駅には13時51分到着。

※青砥駅

※青跡駅、京成立石駅への路

※京成立石駅

※粋な絵、葛飾郵便協、四ツ木公園前(スカイツリーを背後に)

※四ツ木駅

②四ツ木駅と八広駅の間には綾瀬川(万歩計で123歩)と荒川(853歩)があった。この川を渡ると八広駅(14時16分)があった。鉄道下を潜り、鉄道の右側となる。その先に京成曳舟駅(14時37分)があった。14時40分、肌寒くなったので上着をかける。14時45分、鉄道下を潜り、押上線の左側となる。スカイツリーが身近に見えてくる。地下で京成押上線に加え、半蔵門線、東武線、都営浅草線が合流する押上駅には15時8分到着する。

※荒川越え

※八広駅、八広駅界隈

※京成曳舟駅

※京成曳舟駅、東武亀戸線(この路線の登場により方向性を誤りそうになる)

※押上駅

③22年前の記憶がすっか忘却していたため、またメモ帳を確認しなかったため、押上駅と浅草駅の間に本所吾妻橋駅の存在を無視して歩く。すなわち、2022年11月2日(水)東武線を歩いたとうきょうスカイツリー駅と言問橋経由のルートを辿る。御馴染みの牛島神社が15時30分があった。その先に万歩計で281歩ある言問橋(隅田川)を渡る、江戸通り(6号線)を左折し暫く歩いた先に浅草駅(15時44分)があった。ここでメモ帳記載の際、本所吾妻駅の未踏破に気づく。

※スカイツリー、とうきょうスカイツリー駅界隈、三つ目通り

※牛島神社、言問橋からの隅田川、スカイツリーがビルの谷間から

※浅草駅

④ここで22年前の記憶が蘇る。運よく最寄りの地図があったので、本所吾妻駅のクリアに向かう。運よく、交番があったので「本所吾妻橋駅への道筋」を確認する。263歩ある駒形橋を往復する。この橋から隅田川を挟んでスカイツリーと見覚えのあるアサヒビール本社の建物がある絶好の風景が見えてくる。本所吾妻橋駅には15時58分到着。隅田川に沿った言問橋手前の三つ目通り沿いにあった。20分位大回りとなったが、このような風景を堪能でき最高であった。

※絶好の風景(沢山の観光客がスマホなど撮影)、本所吾妻橋駅

※東京スカイツリーとユニークなアサヒビール本社を背後にして

※駒形橋、再度浅草駅

⑥再度、浅草駅(16時12分)を経由し、蔵前駅を目指す。江戸通りと春日通りの交差点である厩(うまや)橋を16時20分を通過。その先に蔵前駅(16時26分)があった。その先の蔵前通りには”ライオン”のビルがあった。江戸通りを淡々と歩いた先に終着駅の浅草橋駅(16時40分)があった。本日の歩きで、通算営業キロは1万4千133㎞(活動日数696日、日本の鉄道の51.0%、地球円周の35.3%)となる。

※蔵前駅

※蔵前通りにある”ライオン”(高校同期会の会合名と同一)、浅草橋駅

※浅草橋駅

➆総武線と小田急線を乗り継いで家路に。その前に中央林間駅界隈の大阪王将で本日の疲れを癒す。充実した一日であった。

※JR浅草駅で、大阪王将で祝杯!!

(^^♪・・・・(^^♪・・・・・

ご参考までに22年前の旅日記(北国分~浅草橋)をご紹介します。

2回目は、1週間後の1月13日(土)となった。北国分に10時半頃行き、小高い丘を越え細川たかし氏のヒット曲となった「矢切の渡し」を目指した。

途中「野菊の墓」で有名な伊藤左千夫の文学碑があった。当然記念写真を見知らぬ人に撮ってもらった後、「矢切の渡し」場を見に行くこととした。ここでも文学作品の題材となるエピソード(政夫=民子)があるらしい。残念ながら先を急いでいたため渡し舟には乗らなかった。松戸パブリックコースもある矢切の土手を江戸川に沿って1Km上り、200m位の新葛飾橋を渡り新柴又側に出る。柴又と言えば「ふうてんの寅さん」で有名な帝釈天があるが、ここも残念ながら見なかった。ひたすら京成金町線を下り高砂に向う。高砂、青戸は江戸川と中川に挟まれて窮屈な感のする町のように見えた。食事は当社の単身寮がある青戸の駅前の大門で野菜炒め定食をとった。青戸には千歳船橋にあったのと同一名称の雀荘「社長室」があった。昼食後は水戸街道を通り、立石、四つ木を目指す。四つ木を過ぎると荒川が八広との間にありまたしてもウォーキングに神経をつかわされた。

曳舟は数年前会社の先輩親族の通夜にきたことがあるので、駅前には本の少しの記憶が残っていた。押上では、本来右に曲がるべきところ、誤って左に曲がり浅草と反対の亀戸に向うというアクシデントに見舞われた。誤りは文花の地名辺りで気がついた。水上バス発着所の近くの吾妻橋を通り浅草に向う。隅田川を渡ろうとした時、遊覧船がこの橋の下を勢いよく駆け抜けて行く。リカバリーショットに意外に時間を費やしたが、5時頃浅草寺に行き今年一年の家族の健康を祈願した。そこで、大好物の揚げ餅を食べた。その後、隅田川に沿って蔵前を通り17時半頃浅草橋にゴールした。駅前にヤンキースのマークの帽子が目に入ったので、北総線走破の記念として買った。浅草橋駅までの営業距離は14.7Kmと少なかったが、川を4箇所通り迂回があったので実質20Km位は歩いた。自宅での万歩計は34,875歩だった。

 

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