関西本線・奈良線の旅!!その1(柘植~伊賀上野)

投稿日:2020年03月26日

※米原駅、草津駅

2020年3月21日(土)から始まった初日は、関西本線の柘植から伊賀上野までの営業キロ14.9㎞に挑戦する。実際には、本日宿泊するホテルが伊賀鉄道沿線にある上野市駅(忍者駅)まで歩きで移動した関係で、その営業キロ3.9㎞が加算され18.8㎞となった。

※草津駅(JR西日本とJR東海を区分して表示)

各駅の立ち寄り時刻は次の通り。柘植(11:40)~新堂(13:25)~佐那具(14:56 )~伊賀上野(16:05)

JR線の伊賀上野駅の駅員さんに聞いたところ、伊賀鉄道(単線)はかつては近鉄の路線とのであった。それが、JRの第三セクターのような独立した会社(近鉄グループの傘下)として新たに誕生したとのことであった。因みにこの路線は、関西本線(亀山~加茂)の非電化と異なり、全線が電化されており、伊賀上野駅から近鉄大阪線の伊賀神戸(かんべ)までの営業キロ16.6㎞の区間を走る鉄道である。ターミナルの中心は伊賀市繁華街の上野市駅。

※貴生川駅、JR西日本車両(この車両で草津から貴生川まで移動)、近江鉄道の車両

本日はダイヤの読み間違いで米原から草津までの移動の際、9時のダイヤがあると思ったら、土日祝日は運休とのことで、草津駅で1時間ロスタイムが生じる。この待ち時間を活用し、少し早いが駅構内の蕎麦屋でランチタイムとする。それでも待ち時間が潰せず、10時57分発の柘植行きには乗らず、10時25分発の貴生川泊まりで行き、そこで30分位待ち合わせ、柘植駅には11時40分到着。草津線は2017年10月に踏破済なので車窓から見る風景は懐かしい限りであった。残念ながら2年半の月日が経っているので、駅舎名は忘れかけつつあった。

※貴生川駅、柘植駅

柘植駅には、2年半前の草津線踏破と本年1月25日(土)亀山から踏破の際立ち寄ったので、3度目の対面。主要駅にも関わらず、駅前には1軒食事処があるのみで寂しい寂しい風景であった。しかも、2年半前は駅員はいたが、1月と今回は駅員の姿は見受けられなかった。しかし、この駅は本年2月で130周年を迎えた三重県でも最も早い由緒ある駅舎とのこと。11時40分、柘植駅には3台の車両の勢揃いとなった。すなわち、ひとつはJR西日本の所属の電化車両(草津行)、そして二つ目・三つ目はJR東海所属の非電化車両(亀山行)と非電化車両(加茂行)である。

※草津駅構内の立ち食い蕎麦屋、柘植駅の亀山行と加茂行、柘植駅

柘植駅から1㎞位歩いた先は、草津線踏破の際通った道筋を歩く。その途中直進すべきか左折すべきか右往左往する場面があるが直進を選択する。結果的には大成功。当初は柘植駅から伊賀上野駅まで山間が登場するかと思ったら、想定外で鉄道に沿ってほぼ平坦な道筋が続き歩きやすかった。特に新堂駅(無人駅)は国道25号沿にあり容易に踏破できた。

※草津線踏破の際通過した橋、国道25号線に出る(上野方面表示)

※新堂駅

※前置踏切(加茂行の車両、13時55分)、佐那具駅

※佐那具駅舎内、ダイヤ、伊賀上野駅への路

14時22分、万歩計で59歩ある柘植川(円徳院橋)を渡る。14時51分、141歩ある新橋を渡った先に佐那具駅がった。この駅舎には駅員がいた。念のため、伊賀上野駅の道筋をお伺いする。「外山踏切(とやま)を横切り、鉄道沿って歩いて下さい」と。15時20分、田圃の岸にタンポポとレンゲを見つけ、幼少時代を思い出す。15時25分、波多岐神社前を通過。この神社に本日の安全を祈願する。15時57分。丸柱踏切を横切り、商店街を直進した先に伊賀上野駅があった。駅前には芭蕉の故郷の看板があり。

※伊賀上野駅、芭蕉の俳句(月宿塚)

※伊賀上野は芭蕉のふるさと、伊賀上野橋(服部川)

ここから国道422号線に歩き、本日宿泊する伊賀上野シティホテルを目指す。途中、287歩ある服部川(伊賀上野橋)を渡り、遠くに見える伊賀上野城を見ながら進む。時間的にも多少余裕があったので、遠くから見えた伊賀上野城に立ち寄る。ホテルには17時53分到着。

※伊賀上野橋の欄干(伊賀忍者)、伊賀上野城

※伊賀上野城

※西大手駅、上野市駅(芭蕉翁)

本日は残念ながら、桜鑑賞はできず。また、事あるごとにマスク購入のためコンビニに立ち寄るが、売り切れまた売り切れのオンパレードであった。ホテル内にある”みやび”で祝杯を上げ、一日目は閉幕となる。続く・・・。

※すき焼き定食で祝杯!!

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